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 ―― 偽り(43)

 だって鋭い眼差しの中には、確かに甘い感情が見え隠れする。  追い詰めるような嫉妬の言葉も、多分少しは僕を愛してくれてるから。 「あああ、父さん……っ……」  大きく身体が震えて、僕はまた熱い飛沫で肌を濡らした。 同時に身体の奥に広がる熱を感じる。 (ああ……父さんと一緒に昇り詰めたんだ)  それがすごく嬉しいんだ。  薄れていく意識の狭間で、ぼんやりと父さんの顔が見えた。 (どうしてそんなに切ない瞳で僕を見るの) 「沙織も……お前の母親もそうだった」 (――そうだよ。僕は母さんの代わりで構わない) 「愛されたくて、叶わぬ恋に悶え苦しんで、渇いた心を潤してやるたびに、その美しさは増していった」 (――何のことを言ってるの?) 「伊織、お前も同じだ。……もっと渇いて、足りないものを探せば良い。その心を潤せるのは………」  ――  ―― 全て遠い昔の記憶。  あれから4度目の夏がもうすぐやってくる。  あの頃の僕は今よりもっと子供で、言葉の意味を全部は理解出来ていなかったと思う。  記憶は年月と共に不確かなものになっていく。  何故あの男が、僕の映像を撮っていなかったのか。 何故僕は、あの男を庇うようなことをしたのか。 今、思い返しても分からない。  本当の理由なんて、あったのかな。  あの男の名前も覚えていないし、あの男のことをなんて呼んでいたのかさえ、記憶に残っていない。 だってあれは、独りぼっちの寂しさを紛らす為の、ただの恋人ごっこだったのだから。  それから父さんは、時々何処かへ行ってしまう。  どうして僕も連れて行ってくれないのかと、父さんが旅に出た日はいつも思うけど。 それでも必ず帰ってくると、少しは不安だけど…… 今はちゃんと信じてる。  何となくしか分からないけど、これが父さんの愛し方なのだと思う。  そして、留守にしている間に僕が独りで待っていられないことも、父さんは分かっているんだ。  **  男が逮捕されたあの事件は、新聞の片隅に小さく載っただけで、顔写真も出ていなかった。 男は主犯ではなくて、他にも数名逮捕されたようなことが書かれていたように思う。  だけど久しぶりに登校すると、その噂は密やかに囁かれていて、僕は完全に皆から孤立していた。  でもそんな事は、もう僕にとっては大した事ではなかった。僕の世界は、その頃にはもう完全に父さんだけになっていたから。  悪い噂は、尾ひれを付けて広まっていく。  誰もが僕を、そういう目で見ている事は知ってる。  だから父さんがいない間、僕の寂しい身体を埋めてくれる相手には、不自由しない。  ―― 目を閉じていれば、感じることができるから。

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