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―― 偽り(44)
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朝登校すると教室には行かずに、真っ直ぐ保健室に向かう。
「先生、お腹が痛い」
白衣を着た若い男の先生は、机の上に飲んでいた珈琲カップを置いて振り向くと、その端正な顔を少し崩して困ったように笑う。
僕は後ろ手に入り口のドアに鍵を掛け、鞄を床に置く。
「……おいで」と手を差し伸べられて、僕はゆっくりと先生のところまで歩み寄る。
先生がポンポンと自分の膝を叩いて、そこに座るように促さすのはいつものこと。僕は膝の上に跨るように座り、甘えるように先生の首に腕を回す。
「いつから痛いんだい?」
「昨日の夜から……ずっと」
「じゃあ、よく診てあげないとね」
いつもの決まった通りの言葉を交わしたあと、先生は僕の頬を両手で包んで顔を近づける。
「……ん」
唇が重なりそうになるのを躱して先生の耳朶を噛めば、彼は微かに甘い吐息を吐いた。
キスは嫌い。 相手の事を好きになったと錯覚してしまうから。
制服のシャツのボタンをひとつずつ外されて、露わになった肌に先生はキスをしてくれる。
「……あ、ん……」
赤く色づき始めた胸の粒を優しく唇で食まれて、我慢できずに声が漏れてしまう。
「しー、声は出しちゃダメだよ。我慢出来る?」
僕の唇に人差し指を軽く押し当てて、先生は片目を閉じて微笑んだ。
「うん……我慢するから……早く……」
それがいつもの合図。
先生は僕を抱き上げて、ベッドの周囲を仕切るカーテンを開き、白いシーツの上に僕の身体をそっと寝かせて、肌蹴たシャツを取り去り、ズボンと下着を脱がせていく。
保健室の窓から入る明るい陽射しに照らされているのが何となく心許なくて、僕は思わず膝を硬く閉じた。
「ほら、力を抜いて?」
でも、こうやって先生の手に膝頭を宥めるように撫でられると、卑しい僕の身体はすぐに力を弛めてしまうんだけど。
――僕の残りの中学生活は、保健室の先生や、担任の先生がいてくれたから、寂しくなかった。
そして卒業してしまえば、クラスメイトや先生の名前も忘れてしまった。
あの頃の事で今もよく覚えているのは、あの男が最後に言った言葉くらいかな。
―― あんま、他人を信じるなよ ――
保健室の硬いベッドが、ギシギシと軽い音を立てる。
僕はぼんやりと、ベッドを囲む白いカーテンの隙間から、その向こうの窓を眺めていた。
窓から射し込む眩しい太陽の光が、揺らめいている。
手を伸ばせば、掴めそうなのに。
憧れはいつも遠すぎて、眩しすぎて、手を伸ばす事さえ出来ないでいた。
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