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第四章:背徳(1)
――『背徳』
君は僕と同じところまで堕ちてこれるの? ――
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高校は、なるべく遠くて同じ中学からの出身者が少ない私立の男子校を選んだけれど、纏わり付いてくるような視線は、どこに行っても変わらない。
入学式の日の電車の中で、身体を触られている僕を助けたのは凌だった。
『お前、なんで嫌だと言わない? まるで自分から誘ってるみたいだ』と、凌は言った。
その言葉を訊いて僕は気付いたんだ。 誰かとどんなに身体を繋げても、いつもいつも満たされなくて渇いている自分に。
そして、その日から凌達との関係が始まった。 こんな僕に付き合ってくれる凌のことは嫌いじゃなかった。
だけど最近僕を束縛しようとする凌に、少し距離を置きたいと思う時もある。 そろそろ、この関係にも飽きてきていたのかもしれない。
そう思うようになったのは、もしかしたら他に興味のあるものを見つけたからかもしれなかった。
*
放課後の誰もいなくなった教室で、僕は窓の外を眺めていた。
グラウンドから聞こえてくる、運動部の生徒達の声。
僕の視線の先は、グラウンドの一番向こう側の一点。
陸上部の高跳びの練習で、今まさに飛ぼうとしている生徒を見つめる。
浅黒の肌に光る汗が、こんなに遠くなのにちゃんと見えている気がする。
スタート位置に立った彼の真剣な眼差しも、手に取るように分かる。
深呼吸をしながら、リズムをとるようにその場で足踏みをしている姿から、緊張感がここまで伝わってくる。
彼は右手を高く挙げて、助走に入った。
何度も歩幅を確認していた通りに、確実にその一点に踏み込んで、彼の身体は高く空へ浮く。
しなやかに躍動する身体をひねりながら伸び上がり、高いバーへ飛び込んでいく。
バーの上を超えていく綺麗な形に反らせた背中。
一番高い位置に彼の身体が浮いているその瞬間が、まるでスローモーションのように見える。
今、彼には何が見えているんだろう。
雲一つない、青い空が広がっているんだろうか。
あれだけ飛べたら、太陽にだって手が届きそう。
続いて通過する尻が、バーを掠めてヒヤリとする。
その後は、スローモーションだった映像が、早送りをするように彼の身体はマットに落ちていく。
落ちなかったバーを確認して、彼は嬉しそうに満面の笑みで立ち上がる。
(―― 綺麗だな)
素直にそう思った。
あの純粋で、真っ直ぐな心が折れた時、彼は今みたいに笑えるのかな。
そう、それはただ単純で、ゲームみたいな……。
2年になって初めて教室に入った時から、何かとお節介で構ってくる隣の席の彼、大谷慎矢 に興味を持ったのは、ただそれだけの理由にすぎなかった。
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