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 —— 背徳(2)

「……何見てんの?」  声と共に、突然後ろから抱き締められる。  いつの間に来たのか、凌は僕の身体を抱きしめたまま唇を耳に寄せた。 「別に……」  耳にかかる息がくすぐったい。 「放してよ、外から見えるじゃない。」 「見られたって、構わないと思ってるくせに」 (——そうじゃなくて……) 「気分が乗らない」  そう言って、凌の身体を軽く押し退けて、机の上に置いてある鞄を取った。  凌は少し納得のいかない顔をしながら、「ふーん」と言って、開けたままの窓から外を覗いた。 「帰るんでしょ? 隆司は?」 「ああアイツ、宿題提出してなくて居残りだって」  僕の質問に応えながら、凌はグラウンドの方から目を離さずに窓を閉めて鍵を掛けた。  二人で肩を並べて校舎から出て、校門の方へ歩いて行く途中で、陸上部の練習している横を通る。  僕はさりげなく、大谷慎矢の姿を探した。  目立つ彼は、すぐに見つける事ができた。  他の部員と話をする横顔に視線を送る。 (——こっちを向いて)  心で強く念じるとその通りになるものなのかな。 ゆっくりと彼の視線が僕の方に向けられる。  目と目が合う瞬間にさっと逸らして、僕は知らないふりをする。  子供のような分かり易い駆け引き。 「あっ、おーい、伊織ー!」  気付いた彼が、僕の名前を呼んで駆けて来るのが、視界の隅に見えた。 「ちっ……」  隣で凌が小さく舌打ちをしている。  最近、何かと僕の隣にいる慎矢のことが気に入らないらしい。 「伊織、もう帰るの?」  近くまで駆け寄って来た慎矢に、そう声を掛けられて僕はやっと気付いた振りをする。 「……うん、そうだよ。慎矢は今日も遅くまで練習するの?」 「うん、もうすぐ大会あるからな」  そう言って、真っ白い歯を見せて笑う。 日焼けした肌に、その笑顔はキラキラと眩しい。 「そう、じゃあ頑張って。また明日ね」  そう言って歩き出そうとした僕に、「あ、伊織」と慎矢が呼び止めた。 「何?」  振り返ると、慎矢は少し照れたようにはにかみながら、「今度、練習休みの日に、一緒に帰ろうな」と言う。 「うん」  僕が、にっこりと微笑んでそう返事をすると、彼は、「楽しみにしてるな」と、太陽のように眩しい笑顔を見せてくれた。

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