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—— 背徳(3)
駅まで続く桜並木は、柔らかい陽気に包まれた春の儚い花はとっくに無くて、眩しい日差しを受けて青々と茂る緑色。 伸ばした枝葉の隙間から、青く広がる空が見える。
「——あいつ、伊織の何なんだ?」
さっきからずっと、むすっと黙りこくったまま少し後ろを歩いていた凌が、突然僕の腕を掴んで引き止める。
「……何って……?」
仕方なく足を止めて、肩越しに顔だけ振り向いて訊いた。
一瞬、爽やかな風が木陰を通り抜けて、ざわざわと枝葉の擦れる音がする。
「どういう関係なんだって訊いている」
凌はいつも無愛想な顔をしているけど、今はその上に怒りの感情が浮かんでいた。
凌の言いたい事は分かってる。
「……友達……だよ」
僕は言い慣れない言葉を口にして、その響きに思わず笑いそうになるのを堪えた。
「……へえ……お前の口からそんな言葉を聞けるなんて思ってもいなかった」
一瞬の間を置いて凌はそう言った。 怒りの表情を浮かばせたまま。
「……僕も」とだけ返して微笑むと、凌は掴んだ腕を引き寄せて、僕の身体はボスっと音を立てて彼の胸の中に収まってしまった。
「やめてよ、こんなところで」
別に抵抗もせずに、静かにそう言った僕の言葉は軽く無視される。
「じゃあ、俺はお前の何?」
頭上から落ちてきた言葉に、また笑いそうになってしまった。
——何だろ、この会話は……まるで恋人同士のヤキモチみたい。
「セフレ」
凌の胸を軽く押し返して、そう答えて身体を離す。
「え?」
別に変な事は言ってないつもりなんだけど、凌は驚いたように目を大きく見開いている。
そんな凌を一瞥してから歩き始めると「待てよ!」と、また後ろから腕を引かれる。
「何なの? さっきから」
「セフレってなんだよ? 本気で言ってんじゃないんだろ?」
「……本気だよ。他にどう言えばいいの」
凌の顔が、驚いた表情からみるみる怒りの表情へと変わっていく。
「俺は……そんなつもりは、ない」
「へえ? じゃあどんなつもりなの?」
まさか可笑しなこと言わないよね? 僕達は欲しい時だけ身体を重ねて、ただ欲を満たす為だけの付き合いだったじゃないか、ずっと……。
それ以外に、いったい何があると言うんだろう。
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