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―― 背徳(5)
地下のフロアは空き店舗が多く、数軒のクリニックや銀行のATMなどがあるだけで閑散としている。
僕達の歩く足音だけがフロアに響いていた。
「……こんな所に何があるっての?」
問いかけても答えずに何度も振り解こうと試みた僕の手首を、凌は一層強く掴んで離さない。
そのままフロアの一角にあるトイレに入り、一番奥の個室に僕を無理やり押し込める。 続けて凌も入ってドアを乱暴に閉めると後ろ手に鍵を掛けた。
こんな所に連れ込んで、凌の考えてることなんて一つしかない。
「こんな所でやるのなんて、僕は嫌。 帰るからそこどいて」
ドアの前に立ちはだかる凌の身体を押し退けようとしたけれど、「黙れ」と、冷たく言い放たれて、あっけなく僕の身体は背後の壁に押し付けられた。
「……っ」
壁にぶつかった衝撃で背中に痛みを覚え、肩に掛けていた学生鞄がずり落ちて肘の所で止まる。
凌は肩を押さえ付けた手にギリギリと力を込めて、顔を近付けてくる。
咄嗟に逸らして横を向いた僕の顎を捕まえて、唇を押し付けた。
「――っ、んぅ」
――キスなんてしたくないのに。
だけど両手に強く頬を挟まれて、僅かに開いた唇の隙間から素早く凌の舌が侵入してくる。
――嫌なのに……。
押さえ付けるような乱暴なキスなのに、舌を絡め捕られて凌の熱い息を感じると、身体の奥に微かに火が灯り強張っていた身体が弛緩する。
膝が崩れそうになって、肘で辛うじて止まっていた鞄が床へ落ちて、ボスンと音を立てた。
凌の腕が僕の腰を抱きしめて、崩れそうな身体を支える体勢になる。
至近距離の凌の瞳は、僕の瞳をじっと見詰めている。
―― キスは嫌い。 凌のことを愛していると錯覚をしてしまう。
僕は、ゆっくりと目を閉じた。
そうすれば、もっと愛しい人を想うことができる。
瞼の裏に父さんの姿を映し始めると、唇から熱が離れていく。
「おい、目を開けろ。 ちゃんと俺を見てみろ」
凌の声に意識は引き戻されてしまう。
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