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―― 背徳(6)
両手で頬を挟まれたまま上を向かされて、また唇を合わせられる。
相手が凌だということを忘れたくて目を閉じようとすると、また俺を見ろ、と言わんばかりに、頬を掴んだ手に力を込められた。
父さんを思い出そうとしているのに、すぐに手を掴まれて深い海の底から水面に引き上げれるような感覚。
「お前が俺に抱かれながら、他のことを考えていることくらい知ってる」
「――っ、ん、……ぃ、やっ……」
拒絶して暴れる僕の身体を壁に押さえ付け、ネクタイを抜き取られる。
「今日は伊織がどんなに拒んでも、お前を抱いているのは俺だと認めさせてやる」
身体を反転させられて、両腕を後ろに取られる。
「……っ」
後頭部を押さえられて、頬がトイレの壁に擦り付けられた。
凌は、僕の両手首を後ろ手にネクタイで縛り上げながら、うなじに舌を這わせる。
きつく縛られた手首は痛いし、トイレの壁に肌が触れるのが気持ちが悪くて、吐きそうな気分なんだけど、この体勢なら凌の顔は見えない。
僕は、凌に気付かれないように目を閉じた。
耳朶を強めに噛まれて、ピリリとした甘い痛みが走る。 耳の中へ吹きかけられる熱い息が僕の肌を粟立たせた。
「今からお前を抱くのは、俺だぞ、伊織」
耳元で囁かれた低い声が、そしてその言葉の意味が鼓膜に響いて、また僕の意識は現実に呼び戻されてしまう。
耳の中に侵入してくる舌の熱と、水音が気持ち悪い。
いつもなら、誰かと肌を合わせることで、心は冷えたままでも身体は確かに満たされていたのに。
そうやって耳を犯しながら凌は前に手を回し、ブレザーの下のシャツの前立てを掴んで左右に力任せに引っ張った。
狭い個室の壁や床へ、パラパラと音を立てながらボタンが飛び散っていく。
せっかちな凌とのセックスは、これくらいの事は今までもあって慣れっこなのに、今日の僕は何故か余裕がなくなっていた。
「――い、や……」
凌から身体を離そうとしても、キツく縛ったネクタイは手首を締め付けて、前に逃げようとしても目の前の壁に阻まれてしまう。
乱暴な手はシャツの中をまさぐり、胸の尖りを強く摘み上げる。
「――ッ」
「痛いの、好きじゃなかったっけ?」
後ろで凌が嘲笑う。
父さんがくれるものなら、どんな痛みも受け入れることができるけど、凌にされても……
「……そんなの、痛いだけで全然感じない」
吐き捨てるように言った僕の耳朶に、凌は後ろから歯を立てた。
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