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 ―― 背徳(8)

 凌の動きが緩やかになり、奥へ放たれた熱を感じたと同時に後頭部を引き寄せられて唇が重なる。  熱くて荒い息が咥内に流れ込んでくる。  漸く動きが止まり、凌は僕の肩に顔を埋め背中を強く抱き締めて「……伊織、愛してる」と呟くように言った。  ――愛してる。  ……そんな言葉、現実を見せられて魔法が解けてしまってはなんの役にも立たない。 「……満足した?」 「……え?」  僕の言葉に、信じられないとでもいうような表情で、凌は抱き締めていた腕を緩めて目を合わせる。 「満足したんなら、早く手、解いてくれないかな」  自分でも驚くくらい、冷めた声だった。 「伊織……」  何か言いかける凌の言葉を無視して、凌の膝の上から下りた。  ズルっと後孔から凌のが抜けていき、熱い液体が内股を伝い落ちる。  気持ち悪さに身震いしてしまう。 「早く解いて。痛いから」  凌に背を向けて、後ろ手に縛られた手首を凌の目の前に突き出せば、後ろから「チッ」と、舌打ちが聞こえてきた。  漸く自由になった手首は縛られた部分が少し赤くなってるけど、これくらいならすぐに消えるだろう。  僕は、無言で床に落ちてしまった下衣を拾いあげて、手早く穿いた。  ボタンが飛んでしまったシャツの前を隠すようにブレザーのボタンをかけてから凌を見れば、彼はまだ後処理をしている。 「じゃ、バイバイ」  隙をつくように口早にそれだけ言って、僕は個室のドアを開けた。 「え? おい伊織!」  驚いた声に呼び止められて、ちらりと肩越しに振り向くと、凌は慌ててズボンを無理矢理上げようとしてもたついている。 「ちょっと待てよ!」 「一人で帰る。それと……」  そこまで言って、一度言葉を区切って身体ごと振り返った。 凌に最後の言葉を伝える為に。 「もう凌とはやらない」  気持ちよくなれないなら、身体さえも満たされないのなら、もうこの関係は必要ないから。  凌の応えを待たずに、僕は踵を返して走り出した。 「え? って、何言ってんだよ! ふざけんな!」  怒った声が追いかけてきたけど、もう振り返らずにトイレを出て改札へ向かう。  まだ身体の中に残っている白濁が溢れて、下着を濡らしてしまうのが気持ち悪いけど。 早く電車に乗ってしまわないと凌に追い付かれてしまう。  凌は、どうして僕なんかに執着するんだろう。  長身で端正な顔立ちで喧嘩も強い。 誰が見てもクールなイケメンで、他校の女子生徒にプレゼントを貰ってるところも何度か見かけたことがある。  やりたければ、よりどりみどりなんだから、その中から選べばいい。  僕は、父さん以外の誰かに縛られるような関係は、絶対ごめんだ。

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