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―― 背徳(10)
「……すみません。ちょっと目眩がしただけなので」
そう言って俯いたまま、身体を僅かに離せば、「え? また貧血じゃないのか?」と、腰を屈めて、先生は心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫です、慣れてますから」
「……大丈夫じゃないだろう? どこかで座って休んだ方がいい」
肩に先生の手が優しく労わるように置かれて、僕は返事の代わりにまた先生の胸に額をつけて、さっきよりも少し体重を掛けて寄り掛かった。
「――おいっ、伊織!」
絶妙のタイミングで凌が駆け寄ってくる。
僕は、凌の視線から逃れるように、僅かに身体を移動させた。
「鈴宮くんは気分が悪いらしいんだ。少し休憩させて送って行くから、君は先に帰りなさい」
期待した通りの先生の言葉。
「気分悪いなら俺が送って行く」
怒りを含んだ声と同時に、手が伸びてくる。
だけど、僕の肩を掴んで先生から引き離そうとする凌の手を、先生がやんわりと払い退けてくれた。
「いいから、君は帰りなさい」
優しい態度とは裏腹に、先生の声は凌の申し出をピシャリとはねつける。
凌はもうそれ以上何も言わずに手を引っ込めた。たぶん、さっきのトイレでの行為に少しくらいは後ろめたさがあったのかもしれない。
「……取り敢えず、座れる場所に移動しよう」
先生に促されるままに歩きながら、チラリと後ろを振り返ると、納得のいかない表情を浮かべている凌の顔が遠くに見えた。
*
「……ほら、飲みなさい」
改札から少し離れた所にある、コンコースの一角の小さなスペースに休憩所がある。 そこに設置されているベンチに僕を座らせて、自販機で買ってくれた飲み物を僕に手渡しながら、先生も隣に腰を降ろした。
「それ飲んだら帰ろうか。 気分が悪いっていうのは嘘なんだろう?」
「……え?」
先生の言葉に驚いて見上げると、何もかも見透かしたような瞳が僕を見下ろしていた。
「君と速水くんの間で何があったかは知らないけれど、その服装を見ると放っておけなかったからね」
そう言って先生は、制服のブレザーの胸ポケットから、押し込んだままのネクタイを指でつまんで、僕の目の前に取り出して微笑んでみせる。
「担任として、心配したってわけですか」
「まあ、そうだね」
先生は意味深な匂いを含ませた言い方で口角を上げながら、ネクタイを僕のシャツの襟に通して結び始めた。
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