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―― 背徳(11)
ネクタイをキュッと締めて、Vゾーンを綺麗に整えると「身だしなみは、きちんとしないとね」と言って、先生は僕に視線を合わせた。
そして僕の頬にかかった髪をそっと指先で払いながら、「髪も少し伸び過ぎじゃないかな」と言う。
その眼差しは、咎めるようなものではなくて、意外にも優しいことに少し戸惑いを覚える。
だけど……僕はその手を払い退けた。
「……それも担任として……注意してるんですよね?」
と、皮肉を込めて問えば、
「そりゃ、そうだよ」
と、予想通りの答えが返ってきた。
いつだってそう。 生徒は全員同じ方向を向いて、綺麗に整列していないといけないから。
「僕のように横道にすぐに逸れてしまう生徒を正すのが、担任の役目なんですよね?」
僕の言葉に、先生は口元を緩ませて小さく笑い声を漏らした。
「何が可笑しいの?」
「いや、だって、俺はそんなに偉い人間じゃないからさ」
(――ああ、そうか……)
「じゃあ、受け持ちの生徒が何か問題を起こしたら自分の責任になるから、それを心配してるんですよね」
「まぁ、そういうこと。ただ面倒臭いだけだよ」
本気で生徒のことを心配する先生なんているはずがない。 皆、自分のことだけ守りたいに決まってる。 でも、僕はそれを間違いだと思わない。
「正直ですね。教師のわりに」
僕がそう言うと、先生は「そうかな」と言って、笑みを零す。
こんな風に接してくる教師は初めてかもしれないと、変な新鮮さを感じていた。だから良い先生だという訳ではないけれど。
「……ところで」
先生は僕の方へ向き直り、急に真剣な表情で僕を見つめた。なんだかちょっと普通の教師に戻ったみたいだ。
「明日から、どうするんだ? もう速水くんとは一緒に登下校しないつもりなのかな」
――明日から、凌と……。
「……」
考えていない。凌のことは嫌いじゃないけど、あの束縛からは逃れたい。
一緒に居るのは嫌じゃないけど、もう身体を繋げることはしたくない。終わりにしたいと言うのが本音。
でも……、
「先生には、関係ない」
「……まあ、そうなんだけどね。俺としては、君が学校内や駅のトイレでふしだらな行為をしなければ、それで良いんだけど」
――そっか、この人は始業式の日に、電車の中で僕が痴漢に触られていたのを見ていたし、凌と僕が屋上で何をしていたのかも知っていたっけ。
「そんなこと、今更だよ」
僕があの学校に入学してから、関係したのは何も凌だけじゃないんだから。
「先生はこの学校に来たばかりだから知らないんだろうけど、そんな事もう学校中の皆、知ってる」
校長だって、教頭だって、生活指導の先生だって、知ってることだった。
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