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 —— 背徳(15)

 父さんの居ない日々は、少しずつ僕の心を蝕んでいくように思えた。  ——もう朝なんて、来なければいいのに……。  何度そう思ったか分からない。  本当は高校になんて、父さんに行きなさいと言われなければ行くつもりもなかったのに。  学校になんて行きたくない。  嫌なのに……。学校に行く意味が僕には見出せなかった。  だけど、行かなければあの担任は、またこの家にまで来てしまうだろう。そうして、土足で踏み込んでくるに違いない。   仕方なく重い身体を起こしてベッドの上に座る。  遮光カーテンの隙間から漏れ入る光に、また一日が始まったことを思い知らされる。  深い溜息が、寂しい寝室に大きく響いた。  シャワーを浴びて居間に行くと、台所からお味噌汁の匂いが漂ってくる。 「あ、おはようございます」  僕に気付いて、タキさんが台所から顔を出した。 「おはよう、タキさん」 「伊織坊ちゃん、昨夜も夕飯食べずに寝てしまったんですね? ちゃんと食べないと駄目ですよ」 「うん、ごめんなさい」  物心ついた頃から、この家に通いの家政婦をしてくれているタキさんの料理が、美味しいことは知っているのだけど、僕は、いつの頃からか何を食べても舌が味を感じなくなってしまって、食欲もあまりわかない。 「朝ご飯、少しだけでも食べてくださいね」  言われて、席について箸を取る。 「いただきます」  唯一匂いを感じることのできる、湯気の立つ味噌汁のお椀を手にすると、温かさが掌に伝わってきた。  味は感じなくても、まるでタキさんの心の暖かさまでも伝わってくるように感じる。 「……暖かいね」  お椀に口を付けた僕を、タキさんはにこにこと優しい笑顔を向けてくれる。 「今日は、お弁当もちゃんと持って行ってくださいよ?」 「お弁当、要らないのに」  食べれるかどうかも分からないのに、お弁当を作ってもらうのが申し訳なくて、いつもはパンか食堂に行って適当に食べていた。 「食事は元気の源ですからね。 残してもいいから持っていってくださいね」  そう言いながら、タキさんは僕の鞄の中に弁当を入れてしまう。  僕は困った素振りをしてみせるけど。本当は「ありがとう」と心から言いたいと思っていた。  でもタキさんは、前までは僕が間違ったことをすると叱ってくれたり、あまり帰りが遅いと心配したりということもあったけれど、いつの頃からか必要以上に僕に干渉しなくなっていた。  それが、少し不思議に思うこともある。  そのこともあって、僕はタキさんに毎朝同じ質問を性懲りも無く問いかける。 「ねえ、タキさん。父さんからまだ連絡無いの?」  きっと僕の欲しい答えは返ってこないと分かっているけれど、聞かずにはいられなかった。  毎回同じ返答に、また酷く気落ちしてしまうのに。

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