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 ―― 背徳(16)

「いいえ、まだ連絡ありませんよ」 「でも、出版社の担当さんに訊いたら、何処にいるかくらいは分かるんじゃないかな。 ほら、今、エッセイ連載してるし」 「緊急以外で出版社にまで連絡をしてはいけないと言われているんですよ」  その言葉に、毎朝胸の奥がツクンと痛む。 「……大丈夫ですよ。取材旅行だと仰ってましたし、またすぐに帰ってこられますよ」  タキさんから返ってくる言葉はいつも同じだし、僕が問う内容もいつも同じ。  でももうそれ以上、訊くことは出来なかった。  タキさんの本当に困っている顔が、僕には辛いから。 「そう……じゃあもし連絡があったら、授業中でもいいから絶対連絡してね」 「はい、勿論ですよ」  最後はタキさんがいつもの笑顔でにっこりと笑ってくれた。  ***  乗り換えの駅で、いつもとは違う位置で電車を待つ。  ホームに整然と並ぶ人の列の一番後ろ。 いつもとは違う車両に乗ろうと思っていた。 なるべく凌に会わないようにする為に。  なのに……。 「おはよう、鈴宮くん」  後ろから掛けられた聞き覚えのある声に、朝から憂鬱な気分になってしまった。 「なんで、ここに先生がいるんですか」  振り向かずにそう言うと、先生は僕の隣の位置に立つ。 「今日はきっと車両を変えるんじゃないかなと予想してね。1本早い電車で来てここで待ってた」  ―― 会えて良かったよ。と言葉を続けて、先生は僕の顔を覗き込んでくる。 「暇なんですか?」 「別に暇ってわけじゃないけどね。 君がまた痴漢に遭わないように、速水君達の代わりにガードしないとね」 「……やっぱり暇なんだ」  僕の言葉に先生はただ笑っているだけで、皮肉を言ったところでこの人には通じない。  満員の電車に一番最後に乗り込んで、いつもとは反対側のドアにぎゅうぎゅうと押し付けられる。  押し付けられる力が弱くなって、先生が僕を庇って立ってくれていることに気が付いた。  痴漢に遭うのは、もう慣れている。  頭からつま先まで、舐めるように見られていると感じる視線も、身体を触られることも。  別にボディガードなんて今更必要ないんだ。  それなのにこの先生は、これから毎朝、僕の通学に付き合うつもりらしい。  ―― 本当にお節介。

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