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 ―― 背徳(18)

 ** 「あれ? 伊織が弁当持ってくるの、珍しいな」  昼休み、タキさんが持たせてくれた弁当箱を鞄から出すと、慎矢が驚いた顔をしている。 「それに、教室で食べるのも珍しいよね?」 「……そうだね」  いつもは、凌達と屋上で食べる事が多かったから。 「じゃあ、今日は一緒に食べよう」  そう言って、慎矢は弁当箱を持って自分の椅子をガタガタと音を立てながら移動させてくる。 「慎矢の弁当箱大きいね」  慎矢が机の上に置いたポーチの中からは、大きな二段重ねタイプの弁当箱の他にランチジャーまで出てくる。 「え? そうか? 普通だと思うけどなぁ。伊織のがちっさ過ぎるんじゃないの?」  確かに、僕のは高校2年の男子の弁当箱にしては小さいかもしれない。 でも、これでも全部食べれるかどうか分からないんだ。 「おー、すげえ旨そうじゃん」  僕が弁当箱の蓋を開けた途端、慎矢が覗き込んでそう言った。  小さめの弁当箱の中は、美味しそうな彩りのおかずが綺麗に詰められている。見た目も食欲の湧くようなお弁当。  シンプルだけどふんわりと綺麗な黄色の卵焼きを、僕は最初に口に入れた。  タキさんの卵焼きは、ほんのり甘くて美味しくて僕の好きなお弁当のおかずのナンバーワンだったけど、今は…… 柔らかい感触しか分からない。 「良かったら食べて?」  僕が食べているのをじっと見ている慎也に気付いて、弁当箱を差し出してみた。 「え? いいの?」 「うん、どうぞ」 「うわ! ありがとう」  慎矢は満面の笑みで、もう一つ入っている卵焼きを箸でつまんで口に入れた。 「うわっ、なにこれ、めちゃ美味しい!」 「そう? 良かったら他のも食べていいよ」  慎矢の嬉しそうな顔を見ていたら、なんだか自然にそう言ってしまっていた。 「え? バカ、そんなことしてたら伊織の弁当が空っぽになっちまう。 あ、そだ、俺のどれか食べる?」  慎矢は口をもぐもぐとさせながら、「ほら」と、大きな弁当箱を僕へ差し出してくれた。 「……ううん、いいよ。僕、あまりお腹空いてないんだ……ありがとう」 「そうなのか。伊織は痩せてるもんなぁ、でももっと食べた方がいいよ」 「そうだね。なるべく食べるようにする」  なんかこんな会話、久しぶりにしたような気がする。  ごく普通の日常の会話。  少しだけ、あの頃の自分が居た風景が、一瞬蘇った気がしたけど、 「――伊織!」  教室の入り口から僕を呼ぶ声に、今ちらりと見えた記憶なんてすぐに消えて忘れてしまう。

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