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 ―― 背徳(19)

「……」  顔なんて見なくても、誰だか分かる。  きっと、昼休みになっても屋上に来ない僕のことを探しにきたんだ。 「伊織、呼んでるけど……いいの?」 「……ん」  どうせ返事なんてしなくても、凌ならたとえ下級生の教室でも勝手に入って一番奥の窓際の席まで来るに違いない。  僕は、仕方なく食べかけの弁当に蓋をした。 「伊織、なんでこんな所で食べてるんだよ」  凌は、僕達の座ってる席まで来てそう言うと、僕から慎矢へ視線を移して、凄い勢いで睨みつけている。 「……別にどこで食べようと僕の勝手でしょ?」  僕の言葉が余計に頭にきたようで、凌は僕の腕を掴んで無理やりに立たせようとした。 「いいから来いよ、話があるんだ」  立ち上がった拍子に、椅子が大きな音を立てて後ろに倒れてしまう。 教室にいる生徒の視線がいっせいに集まってしまった。 「ちょっと待ってください。伊織はまだ弁当食べてる途中なのに!」  慎矢が立ち上がって、僕と凌の間に割って入ろうとする。 「うるせえ、お前は関係ないだろ! 引っ込んでろ」  凌の怒鳴り声と同時に、慎矢の身体は突き飛ばされて後ろの壁に背中を打ち付けた。 「やめなよ、暴力は。話なら聞くから」  僕がそう言うと、凌は納得したのか掴んでいた手を僅かに緩めた。 その手を振り解いて、僕は机の上の弁当箱を鞄の中に片付ける。 「……伊織!」  後ろから、慎矢が咎めるように僕の名前を呼んだ。  肩越しに振り向くと、慎矢の正義感に満ちた瞳が「行くな」と言っている。 「大丈夫だよ。話があるみたいだからちょっと行ってくるね」  その瞳に笑顔でそう応えて、教室中の視線を受けながら、僕は凌と二人で教室を後にした。  *  凌は屋上に行くまでの間、ずっと僕の腕を掴んでいた。逃げたりなんかしないのに。 「痛いっ、もういい加減離してよ!」  屋上に着いても離してくれない手を振りほどこうとして、ぶんぶん腕を振ってみたけど、凌は無言で手すりの内側に張り巡らされているフェンスに僕の身体を押し付けた。 「――ッ」  顎を捕られて、否応なしに唇が重なる。  凌の身体を押し返そうと抵抗する僕の力と、押さえ付ける凌の力で、フェンスが揺れて金属音が屋上に鳴り響いた。

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