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 ―― 背徳(21)

「…… しん……や」  屋上の入り口の方を見ると、呆然と立ち尽くす慎矢の姿があった。 「退いて」  凌も慎矢に気付いて僕を拘束する力が僅かに弛む。その隙に力いっぱい凌の肩を押し退けた。  慎矢に背を向けて乱れた制服を整えながら僕は……自然に口もとが緩んでしまうのを我慢できない。 「……伊織、お前……」  何かに気付いたように、凌が僕の顔を覗き込む。 「……早く行った方が良いんじゃない? 慎矢は真面目だから先生呼びに行っちゃうかもだよ?」  微笑みながら凌を見上げてそう言うと、凌は僕の後頭部に手を回し引き寄せる。  唇が僅かに触れる位の至近距離で「お遊びもいい加減にしろよな」と囁いて、唇を合わせる。  わざとらしいリップ音を立てて離れると、凌は鋭い眼差しで慎矢を睨みつけた。 「諦めたわけじゃないからな」  凌はそれだけを吐き捨てるように僕に言うと、慎矢を睨みながら屋上のドアがら校舎の中へ入って行った。  凌の姿が見えなくなるのを待って、僕はゆっくりと慎矢の方へ近付いて行く。  慎矢はまだ呆然と、ただ僕のことを見つめたまま動けずにいる。 「……もうすぐ予鈴が鳴るよ。 教室に戻ろ?」  慎矢の傍に立ち、少し背伸びをして彼の耳元にそう囁くと、肩の辺りがピクリと小さく跳ねた。 「どうしたの?」 「……え、いや……」  慎矢の顔を覗き込んで目を合わせても、すぐにふいっと逸らせてしまう。  ―― そりゃそうだよね、びっくりするよね。  それが普通の反応だと思うから、僕は別に平気。  だけど僕は、そんな慎矢の変化にわざと気付かないふりをして、彼の手を取ってまた目を合わせてやる。 「ほら、行こ? 慎矢」  くいっと繋いだ手を引いて僕が歩くと、慎矢も黙って一緒に歩き始めた。 「ねえ、慎矢」  呼びかけると少し間をおいて「……え?」と、慎矢は僕の方を見る。そしてまたすぐに、目を逸らしてしまう。  そんなにビクつかなくても、取って食いやしないのに。 「今日さ、部活休みの日なんでしょ?」  陸上部の練習が無い曜日は、ちゃんと調べてる。 「……うん」 「じゃあ、今日は一緒に帰ろうね」  少し驚いた顔をした慎矢が、また僕の方を見る。  もう一度促すように「ね?」と言いながら、首を傾げて慎矢の瞳を覗き込む。 「うん」  慎矢は少し困ったように微笑んだ。  約束だったもんねと、繋いだ手にキュッと力を込めてみる。  慎矢からは、小さい声で「そうだね」とだけ返ってきた。  ――それでいいよ。僕達はゆっくりと親しい間柄になろう。 「友達」という特別な関係に。

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