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―― 背徳(24)
「……恋人かってこと?」
訊き返えと、慎矢の表情が強張った。
僕の方を見ずに暫く間を置いて、無言で首を縦に振る。
「……付き合ってなんかないよ」
慎矢の手に重ねていた手を離して、さっきまで触れていた肩と肩の間に僅かに隙間を作った。
慎矢は一度小さく息を吐いて、また傘をこちらに傾ける。
「……でも……さっき……」
独り言のように、聞き逃してしまいそうな小さな声で、慎矢は呟くように言う。
「さっき? 昼休みのことを言ってるんだよね?」
そう訊くと、慎矢は俯き加減で首を小さく縦に振る。
「……僕のこと、軽蔑したんだ?」
「そ、そんなんじゃないよ」
叫ぶように否定して、勢い良く顔を上げた慎矢と漸く視線が絡んだ。
「……ただ……」
だけど目が合ったのも束の間、またすぐに視線は逸らされてしまう。
「ただ?」
逸らされた視線を追いかけるように、僕は慎矢の顔を覗き込んで言葉の続きを促した。
「その……男同士だから……」
弱々しくて自信なさげな声。
いつものハキハキとした元気な慎矢とは別人のよう。
「男同士で愛し合うのは、おかしいと思ったんだ?」
「え? いや……その……」
「……はっきり言ってくれていいよ」
言いにくそうに言葉を詰まらせる慎矢に、僕は追い詰めるように言葉を被せていく。
「いや……初めてだったから……そのキスとかしてるとこ見たの。ちょっとびっくりしただけなんだ」
「男同士でキスとかするの、普通じゃないもんね?」
「……そんな! 俺、そんな偏見持ってない……」
――土砂降りの雨の中、学校から駅に向かう道のりは、急な天候の変化のせいか歩いている人も少なくて。
「偏見は持ってない……つもり。でしょ?」
偏見なんてないと口では言っても、裏腹に心の奥では否定してるんだよね?
「……っ、そんな事ないよ、俺は…」
――今、見える限り、前にも後ろにも人影は見えない。
「男同士でもやる事は同じだよ。キスをして抱き合って、触れ合えば、相手が誰でも感じることはできるよ」
「……誰でもいいなんて、そんな事はないだろう?」
――今なら、誰も見てないよ。
「ねえ、じゃあ、試してみる?」
「……え?」
もう立ち止まってしまいそうなほど、歩く速度はだんだん落ちていく。
「僕と、キスしてみる?」
慎矢が驚きに満ちた表情で僕を見下ろして、僕達はそこで立ち止まった。
「慎矢は好きな女の子とかいないの?」
慎矢の頬を掌で包み、少しだけ背伸びをする。
「目を閉じて、好きな人のことを想い浮かべればいいんだ」
車道を走る車が、水しぶきを上げて通り過ぎていく音よりも、慎矢の心臓の音の方が大きく聞こえてくる気がした。
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