128 / 330

 ―― 背徳(25)

「伊織……」  何か言いかけるのを阻止するように、慎矢の唇に口づける。  そっと重ねるだけですぐに離れると、慎矢の性格をそのまま表すような澄んだ双眸が大きく見開かれていた。 「ふふ、目を閉じてと言ったのに……」  その澄んだ瞳を見つめながらもう一度、キリッと一文字に結ばれたままの唇を啄ばむように何度もキスをする。 「……慎矢、目を閉じて」  なかなか弛まない唇を舌でなぞるように舐めて誘いの言葉を囁く。  少しばかりの好奇心と期待が、心の何処かに燻っていれば、煽るのは簡単なんだよ。  愛なんてなくても、気持ち良くなれることを知ってしまえば、きっと楽になれる。  穢れを知らない子供のような澄んだ瞳の焦点がうつろになって、瞼がゆっくりと降りていく。  そう、ほら、もっと力を抜いて。  きっと今まで、真っ直ぐに伸びることしか知らなかった慎矢。  そんなに肩肘を張って、生真面目に生きなくて良いんだよ。  キツく結ばれていた、唇が僅かに弛んで柔らかい感触が伝わってくる。  傘を持っていない方の慎矢の手が、僕の腕を下から上へと伝い肩に触れると、僕の胸の鼓動も期待に高まっていく。  慎矢の力の弛んだ唇の隙間に舌先を挿し入れて、その先を求めようとした。  けれど、肩に置かれた慎矢の手に力が入ったのを感じた次の瞬間、やんわりと肩を押しやられて、身体を離されてしまう。 「……慎矢?」  俯いたまま、慎矢は僕を見ない。 「……駄目だ、こんなの」  そう呟いた瞬間、慎矢は突然駅に向かって走り出した。 「……え?」  振り返りもせずに、雨の中僕を置き去りにして。  小さくなっていく慎矢の背中を見送りながら、僕は何故だか笑いが込み上げてきた。 「……は、はは……あははっ」  激しい雨が僕を容赦無く打ち付ける。  髪も顔も制服も、制服の下までぐっしょりと濡れてしまっても、僕は暫くその場で空を見上げていた。  ――ね? 分かったでしょ? 慎矢。  君の言うところの友達には、僕達はなれないよ。 君は、僕と目線を合わせることなんて出来ないから。  でも、それで良いんだと思う。  僕も、誰かと関わって、そうすることで生まれる煩わしいことは嫌いだし。  顔に打ち付ける雨は、瞼に篭った熱を流してくれていた。

ともだちにシェアしよう!