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―― 背徳(26)
別に慎矢のことなんて、何とも思っていない。
あんな風に仕掛けたら、慎矢が僕を軽蔑することは分かり切っていた。そうなるように仕向けたのは僕なんだから。
――なのに……。
なんでこんなに胸の奥が痛むんだろう。 なんでこんなに苦しいんだろう。
中学の頃に皆から孤立してしまった時は、こんな気持ちにはならなかったのに。
――『駄目だ、こんなの……』――
顔を歪ませながら振り絞るような声でそう呟いて、走り去って行く背中を思い出すと、訳の分からない寂しさが込み上げてきた。
心の中の何かを抜き取られたように寂しい……そんな風に感じるなんて思いもしなかった。
******
僕がびしょ濡れで帰ったから、タキさんは大慌てだった。
「どうしたんですか、こんなに濡れて」
「ごめんね、制服こんなにして……。傘を忘れてしまったんだ」
「いいんですよ、それより早くお風呂に……風邪を引いてしまいますよ」
お風呂で身体を温めても、ベッドで布団にくるまっても、何故だか胸の奥に出来てしまった空洞に風が吹き抜けていくようで、寂しくて寒い。
僕は、慎矢に何かを求めていたんだろうか。
愛なんてあり得ないし、友達なんて……。そんなもの、そんな形のないもの信じたりしない。
だけど、知らず知らずのうちに慎矢なら僕の足りないものをくれるんじゃないかって、あの明るい真っ直ぐな笑顔に期待してしまっていたとでもいうのか。
その夜は、そんな自分でも訳の分からない気持ちに苛まれて、なかなか寝付けなかった。
*
翌朝起きると身体がだるくて、計ってみると少し熱があった。
「微熱ですけど、今日は学校休みましょうね」
タキさんの優しい手が、僕の額に触れる。
学校を休んだらまたあの担任が来るんじゃないかって、それだけが心配だったけど。
今日は学校に行って慎矢に会う方が、気が重かった。
もう二度と、彼が僕のことを、『友達』と呼ぶことはないだろう。
――そう思っていた。
*
昨日からの雨は、ずっとしとしとと降り続いていて、一日中太陽の光が見えなかった。
僕は、うとうとしながら殆ど自分のベッドの中で過ごして、目が覚めると窓ガラス越しに灰色の空を眺めていた。
日が落ちて、そろそろタキさんが帰るという時間になって、突然玄関のインターホンが鳴る。
(……また担任だろうか)
そう思うとまた気持ちが重くなって、僕は頭から布団を被った。
階段を上ってくる足音が聞こえて、部屋のドアがノックされる。
「伊織坊ちゃん、お友達がお見舞いに来てくれましたよ」と、ドアの向こうからタキさんの声がした。
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