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 ―― 背徳(27)

(友達……?)  まさか……。  まさか……。  友達という言葉を訊いて、思い浮かべてしまうのはたった一人だけ。  でも、昨日の今日でそんなことはあり得ないと、頭に過った考えは直ぐに打ち消した。  慎矢が僕に会いになんて来るはずがない。きっと凌だ……。  考え直して部屋のドアを開け、目の前に立っている人の姿に驚きで直ぐには声が出なかった。 「すぐに、お茶の用意してきますね」  タキさんの声にやっと我に返って、階段を降りかけている彼女を追いかけて声をかけた。 「あ、いいよ、タキさんはもう帰る時間でしょう? もう熱も下がってるし、お茶くらい僕がするから」 「え? でも……」と、階段でタキさんが足を止めて、戸惑った表情で僕を見上げる。 「大丈夫だよ」  そう言って笑いかけると、タキさん少し安心したように優しい笑顔で微笑んだ。 「そうですか?じゃあお言葉に甘えさせて頂きますね」 「うん、ありがとう。おつかれさま」  何かあったらすぐ電話をくださいね。と、最後に念押しするように言って、タキさんは階段を降りて行く。  暫くして、玄関の引き戸が閉まる音が小さく聞こえてきた。 「……何しに来たの?」  僕の部屋の前に立っている慎矢を振り返って目を合わせた。 「……風邪を引いたと聞いたから……」  小さな声が返ってきて、 「……そう」  と、だけ短く応えた。  慎矢の前を横切って、僕が先に部屋の中へ戻っても、慎矢は部屋の前から一向に動こうとしない。  スポーツバックを抱えたままの身体は直立不動だけど、視線だけは居心地が悪そうに泳いでいる。 「そんな所に突っ立ってないで、入りなよ」 「あ、ああ」  そうして漸く慎矢は、遠慮がちに部屋へ足を踏み入れた。  「荷物、床に降ろしなよ」  重そうな慎矢のスポーツバックを、後ろからくいっと軽く引っ張ってそう言えば、慎矢はゆっくりとした動作で肩に掛けていた荷物を降ろした。 「どうしたの? 何、緊張してるの?」  僕はベッドに腰掛けて、慎矢を見上げた。 (――こっちを見て)  心の中で、そう呟いていた。  何だか訳の分からない気持ちが、まだ胸の奥で燻っている。 「……昨日……」  漸く重い口を開いた慎矢を、僕はじっとただ見詰めていた。 「――伊織、昨日は本当にごめん!」  突然、慎矢が大きな声でそう言ってその場に跪き、頭を床に擦り付けた。

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