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―― 背徳(28)
「……なんで謝るの?」
「……だって」
慎矢は頭を床に付けたまま言葉を続ける。
「伊織が風邪引いたのって、俺のせいだから」
それは、いつもの慎矢の声とは違う小さく掠れた声だった。
「……慎矢のせいじゃないよ」
(――元々悪いのは僕の方……)
こんな僕のことを友達だと言ってくれる慎矢の…… その真っ直ぐな心を掻き乱してみたくて、あんな事をしてしまった僕の所為。
「僕のことなんか、気持ち悪いと思ったでしょう?」
慎矢は、顔を伏せたままかぶりを振る。
「……いいよ、無理しなくても」
それで僕から離れていくのは仕方のないこと。 友達なんて、上辺だけの関係なら僕には必要ない。
僕が欲しいのは肌と肌の温もり。 絶頂まで昇り詰めて快楽を貪れば、その時だけでも幸せを感じる。 寂しい心の中も、その時だけは満たされる。
僕の欲しいのは、そんな束の間の……。
別に……そう、本気で誘ったわけじゃない。
ただ少し、ちょっかいをかけたらどんな顔をするのかな、なんて思ってただけで。
だから慎矢は僕のことなんて忘れて、今まで通り普通に真っ直ぐに生きていけばいい。
何故だろう、僕は慎矢にはこちら側に来て欲しくない。もうこれで僕なんかに関わりを持たなくなればいい。
「……違う……無理なんてしていない。気持ち悪いなんて思ってない」
慎矢が少しだけ顔を上げる。 でも視線はまだ逸らしたまま僕と目を合わせない。
「……嘘」
(じゃあ、どうして僕を見ないの)
重い沈黙が流れて、時計の音がやけに大きく聞こえてくる。
「ただ、謝りたかったんだ。 昨日雨の中、伊織を置いて帰ってしまったこと」
やっと慎矢が切り出した言葉は、通り一遍の謝罪だけ。 そんなこと、僕はちっとも気にしていないのに。
「そんな事、気にしていないよ。 僕の方こそびっくりさせてしまったから」
僕がベッドから立ち上がってそう言っても、慎矢は少し肩が動いただけで、こちらを見ようとしない。
「話、それだけなら、もう帰って。 お茶も出さずに悪いけど……」
そう言って、部屋のドアを開けようと歩きかけた次の瞬間、
「伊織!」
僕を呼び止める声と同時に、突然身体が引き戻されて視界が回った。
「……っ!」
ベッドの上に押し倒されて、背中に小さな衝撃が走る。
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