134 / 330
―― 背徳(31)
「あ……」
慌てた様子で、慎矢はその巾着袋を僕の手から取り上げようと手を伸ばしてくる。
「何? 見せてくれたっていいじゃない」
取られないように、僕はその巾着袋を握った手を後ろに引いた。
多分、ブレザーのポケットに入れていたんだろう。
他人の持っている物なんてさして興味もないのだけど、あまりにも慎矢が焦った顔をしたから、興味が湧いてしまった。
「中、見てもいいよね?」
慎矢は諦めたのか、伸ばした手を引っこめて「いいよ」と頷いた。
何の変哲もないシンプルな黒の小さな巾着袋から覗く、綺麗なアクアマリンは数珠状になっていて、中から引き出してみると十字架が付いていた。
「これロザリオ? いつも持ち歩いているの?」
「うん」
「慎矢って、クリスチャンなの?」
「家族がカトリック信徒なんだ。俺はまだ洗礼は受けていないけど」
「ふーん」
綺麗だなと思いながら眺めていると、僕の手から慎矢がそっとロザリオを取り上げて袋の中へ戻した。
床に落としたブレザーを拾い上げて袖を通しながら「俺、帰るな」と僕に背を向けて、ポツリと言う。
「……どうして?」
「やっぱり、こんな事しちゃいけないと思う」
神妙な面持ちで振り返って僕を見下ろす瞳は、まだ冷めない欲情の火が揺らめいているというのに。
「……どうして?」
「……どうしてって……」
「今更何を言ってるの? さっき僕をベッドに押し倒してキスしたのは誰だっけ?」
もう遅いよ慎矢。
その時点で君と僕は、もう友達になんてなれないんだから。
「僕と同じ中学出身の誰かから、全部聞いたんでしょう?」
君がここに来た目的は、それしかないんでしょう?
「慎矢が言ったんだよ? 僕が誰にでも抱かれて悦んでる淫乱だって」
可笑しくて笑いが込み上げてくる。
「そんな事、俺は言ってない。自分で自分を傷付けるような事を言うなよ、伊織」
慎矢は僕から目を逸らし、ブレザーのポケットを握り締めている。
「僕に説教してくれるつもりなの?」
「違う……説教なんてするつもりじゃなくて。 ただ俺は、伊織の友達として……」
そこまで言って、慎矢は辛そうに顔を歪ませて、言葉は途切れてしまった。
(――そりゃ、それ以上言えないよね)
「友達? さっき僕にあんな事をしておいて、まだそんな事を言ってるの?」
本当は、ヤりたくてしょうがない癖に。
ポケットの中のロザリオに、いくらお祈りしてももう遅いよ。
ともだちにシェアしよう!