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 ―― 背徳(31)

「あ……」  慌てた様子で、慎矢はその巾着袋を僕の手から取り上げようと手を伸ばしてくる。 「何? 見せてくれたっていいじゃない」  取られないように、僕はその巾着袋を握った手を後ろに引いた。  多分、ブレザーのポケットに入れていたんだろう。  他人の持っている物なんてさして興味もないのだけど、あまりにも慎矢が焦った顔をしたから、興味が湧いてしまった。 「中、見てもいいよね?」  慎矢は諦めたのか、伸ばした手を引っこめて「いいよ」と頷いた。  何の変哲もないシンプルな黒の小さな巾着袋から覗く、綺麗なアクアマリンは数珠状になっていて、中から引き出してみると十字架が付いていた。 「これロザリオ? いつも持ち歩いているの?」 「うん」 「慎矢って、クリスチャンなの?」 「家族がカトリック信徒なんだ。俺はまだ洗礼は受けていないけど」 「ふーん」  綺麗だなと思いながら眺めていると、僕の手から慎矢がそっとロザリオを取り上げて袋の中へ戻した。  床に落としたブレザーを拾い上げて袖を通しながら「俺、帰るな」と僕に背を向けて、ポツリと言う。 「……どうして?」 「やっぱり、こんな事しちゃいけないと思う」  神妙な面持ちで振り返って僕を見下ろす瞳は、まだ冷めない欲情の火が揺らめいているというのに。 「……どうして?」 「……どうしてって……」 「今更何を言ってるの? さっき僕をベッドに押し倒してキスしたのは誰だっけ?」  もう遅いよ慎矢。  その時点で君と僕は、もう友達になんてなれないんだから。 「僕と同じ中学出身の誰かから、全部聞いたんでしょう?」  君がここに来た目的は、それしかないんでしょう? 「慎矢が言ったんだよ? 僕が誰にでも抱かれて悦んでる淫乱だって」  可笑しくて笑いが込み上げてくる。 「そんな事、俺は言ってない。自分で自分を傷付けるような事を言うなよ、伊織」  慎矢は僕から目を逸らし、ブレザーのポケットを握り締めている。 「僕に説教してくれるつもりなの?」 「違う……説教なんてするつもりじゃなくて。 ただ俺は、伊織の友達として……」  そこまで言って、慎矢は辛そうに顔を歪ませて、言葉は途切れてしまった。 (――そりゃ、それ以上言えないよね) 「友達? さっき僕にあんな事をしておいて、まだそんな事を言ってるの?」  本当は、ヤりたくてしょうがない癖に。  ポケットの中のロザリオに、いくらお祈りしてももう遅いよ。

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