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―― 背徳(40)
暫くすると教室の戸が開いて、入ってきた慎矢に皆の視線が一斉に集まる。
「遅くなって、すみません」
「ああ大谷、担任から事情は訊いてるよ。大丈夫か?」
数学の教師は、黒板に問題を書きながら顔だけ慎矢の方に向けた。
「大丈夫です。捻挫しただけでしたから」
そう言って、慎矢は照れ臭そうに笑っている。
少し足は引き摺っているけど、皆から「授業サボれて良かったな」と、口々に冷やかされて、照れくさそうに笑う慎矢の表情は明るい。
「うっせ!」と、皆に応えて歩きながら、慎矢の視線が僕の方に向けられた。
目が合ったその瞬間に、彼はいつものように満面の笑みを僕に見せる。
「おはよう、伊織」
「……おはよう」
まるで、 僕との間に何もなかったような……いつもと変わらない態度。
――何を考えているんだろう。
席に着いて教科書を鞄から出している慎矢が気になって、ついじっと見つめてしまっていた。
あんまりじっと見ていたせいか、視線に気付いてこちらを向いた慎矢と目が合ってしまう。
「……!」
ばつが悪くて、僕はすぐに顔を背けてまた窓の外を見た。
馬鹿みたいに意識し過ぎていたのは僕だけで、慎矢は全然気にしていないように思える。
今迄と変わらないで、友達付き合いを続けるつもりなんだろうか。あんな事があったのに?
怪訝に思いながらも、心のどこかで少しだけ何かホッとしたような、心が軽くなったような。
それは、『嬉しい』っていう感情に似てるような気がしていた。そんな筈ないのに。
だけど、窓の外の青空を眺めながらも、まるで子供のように気持ちが浮き立っているのを感じずにはいられなかった。
**
「伊織、今日も弁当持ってきた?」
昼休みになると、慎矢は当然のように僕の席へ自分の椅子をカタカタと引き摺ってくる。
「……うん」
「そっか、じゃ、一緒に食べよう」
何事も無かったかのように、慎矢は僕の机で弁当を広げ始める。
心のどこかでそれを嬉しいと思ってしまう反面、慎矢がどうしてそんな態度を取るのか気になった。
少しの表情の変化も読み取ろうとして、僕はまたじっと慎矢の顔を見てしまう。
「……伊織、食べないのか?」
「……え?」
あんまりじっと見過ぎてて、弁当箱の蓋を開けるのも忘れていた。 そんな僕の顔を、慎矢が覗き込んでくる。
「……ううん、食べるよ」
何でもないふりをして、そう応えたけど……
――顔が熱い……。
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