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 ―― 背徳(41)

「……足、大丈夫なの?」  捻挫って言っていたけど、椅子に座って横に投げ出された右足は、制服のズボンの下から固定用のサポーターが見え隠れしていた痛々しい。 「ん? ああ、全然平気だよ」 「もうすぐ大会があるって言ってたけど、出られるの?」  それまで、ずっと明るい笑顔を絶やさなかった慎矢の顔が、その質問には「…… いや、出れない」とだけ答えて一瞬曇る。 「……そう、残念だね」  あんなに練習していたんだ。やっぱり表情に出てしまうほど、ショックなのは違いないと思う。  だけど慎矢は、すぐにまたいつもの笑顔に戻る。 「まあ、これでゴールデンウイークも自由の身になれたし、たまにはいいかと思ってるよ」  そう言って笑ってるけど、それが本心を隠した慎矢の強がりってことくらいは僕にも分かる。 「明日から、ゴールデンウイークじゃん? 伊織、なんか予定ある?」 「……別に、ないけど」 「そっか! 俺もこれで試合もなくなったし、練習も出なくていいし、暇なんだよね。 だから……」  弁当のとんかつをかじりながら、慎矢が続けた言葉に、僕は驚いて箸で挟んだ卵焼きを落としそうになってしまった。 「だから、俺、明日から伊織んちに泊まってもいい?」 「なんで!」  思わず、自分でもびっくりするくらいの大きな声で聞き返したから、周りの生徒が振り向いて視線が集まった。  普段、あまり喋ったりしない僕がそんな大声を出したものだから、みんな驚いた顔をしてこちらを見ている。  僕は、慌てて周りを気にしながら声を潜めた。 「何、考えてるの?」 「別に何も考えてないけど?」  僕につられたように、慎矢は少し姿勢を低くして小さな声でそう応える。 「だって……」  昨日の今日で、どうしてそんな事が言えるのか、まったく分からない。  こうして何も無かったように、一緒に弁当を食べているのだって不思議なくらいなのに。 「俺、あれから色々考えてさ、今日の練習中もボーっとしてたと思うんだ」  だから、バーの手前で踏み切る時も失敗しちゃったんだよね、ホント馬鹿だろ? と、慎矢は笑いながら朝連で怪我をした時の事を話す。  それで怪我をしたんなら、僕のせいなのに。 「……笑い事じゃないよ……」  居た堪れなくて目を逸らしてしまった僕の顔を覗き込んで、伊織のせいじゃないよと、宥めるように言って、慎矢は微笑んだ。 「俺さ、バーの手前で踏み切って、あー足、やっちまったーと思った瞬間、空の青が目に入ってさ、そこに伊織の顔が浮かんだんだよ」 「……何、それ?」  なんでそんな時に僕のこと思い出すんだって、呆れてそう言った僕を、慎矢は今日の心地良い空気のように澄んだ眼差しで見つめた。 「俺、その時気が付いたんだ。伊織が本当に心から笑ってるところを、見たことないって」

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