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―― 背徳(42)
「はっ? 何それ、意味わかんない」
――心から笑ったことくらい……。
「ないだろ? 腹抱えて笑ったり、楽しくて笑ったりしたこと、少なくとも俺は見たことないね」
「別に、そんなのどっちでもいい」
僕が笑おうが、笑うまいが、ホントどうでもいい事なのに。
「俺が伊織のこと、笑わせてやる」
慎矢は手に持っていた箸を弁当箱の上に置いて、僕の顔を覗き込むようにして目を合わせてくる。
「それと、うちに泊まるのと、なんの関係があるわけ?」
「だからな、もっと伊織のことを全部知りたいんだ」
「呆れた……まだ、そんな事を言ってんの?」
昨日、慎矢の目に映った僕が全てなのに。 慎矢だってそれで後悔したはずなのに。
なんでこんなに真っ直ぐな眼差しで僕を見れるんだ。
「それとも、クセになったとか? 良いよ、ヤりたくなったらいつでも言ってくれたら相手くらいすると言ったでしょ?」
僕の言葉に、慎矢は視線を一瞬だけ逸らし、「ヤリたくなったらとか言うな」と、言ってまた視線を戻す。
その顔が真っ赤になっているのを気付かないふりをして、僕はまだ全部食べていない弁当箱の蓋を閉めた。
「何? もう食わねえの?」
「食欲ないんだ」
ふーんと言いながら、慎矢はその後すごいスピードで弁当の残りを全部平らげた。
「ここじゃちゃんと話が出来ない。ちょっと来いよ」
弁当箱を片付けて、慎矢は僕の腕を掴んで立ち上がる。
「――何? どこ行くの?」
「いいから」
*
校舎の中庭のスペースは、円形の花壇を中心にベンチが置かれてあって、どのベンチも弁当を食べたりしている生徒で埋まっている。
慎矢は、その中を突っ切って、木々に囲まれた小道に入って行く。
足を引き摺っていて歩くのが辛そうなのに、僕の腕を掴んだまま結構な速さで歩いて行く。
「……慎矢、どこまで行くつもり? 足、痛いんじゃないの?」
僕がそう声を掛けると、慎矢は頬を緩ませた。
「ほらな? 伊織ってそういう優しいとこあるじゃん?」
「――優しくなんて!」
「あるんだよ。そうやって、俺のこと気遣ってくれてるじゃないか」
そんなつもりは無かったのに、そう言われると何だか顔が熱くなった。
小道を抜けると、学校の敷地内なのに、誰からも忘れ去られて放置されている古い温室が見えてくる。
慎矢はキィっと壊れそうな音を立てて、その戸を開いた。
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