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 ―― 背徳(43)

 周りを木々に囲まれた古い温室の中は、枯れた薔薇の枝が張って光を遮っているけれど蒸し暑い。  ここなら誰にも話を聞かれる心配もないだろ? と言いながら、慎矢は壊れそうな風通し用の小窓を、所々押し開けていく。  微かだけど風が中を通り抜けていった。 「こんな所まで来て、なんの話があるの」  最後の窓を開こうと、少し無理な姿勢で腕を伸ばしている背中に問いかけると、硬く閉じた窓を開くのを諦めたのか、慎矢は溜め息をひとつ吐いて、僕を振り返った。 「伊織、さっき言ったよな? ヤりたくなったらいつでも相手してやるって」 僕が「……言ったよ」と、頷いてみせると、慎矢は足を引き摺りながら、ゆっくりと僕に近付いてきた。 「……やりたくなったの?」  僕がそう言うと、慎矢は「馬鹿、違うよ」と言って笑った。 「俺がヤりたいんじゃなくて、お前がヤりたいんだろう?」 「……なっ?」  思わず驚いて、慎矢の顔を見上げた。  言ってる言葉の意味は僕を卑しめるものだけど、それとは裏腹に慎矢の表情は穏やかで優しい。 「寂しくて満たされない想いを、そうやって誤魔化しているだけなんじゃないのか?」  慎矢の言ってることは、きっと間違っていない。  いつもいつも、寂しくて、渇いていて、飢えている。  欲しいのは……本当に欲しいのは、父さんの愛。  あの人から与えてもらいたくて、でも、それはきっと一生叶わなくて。 「自分のことを誰とでも寝る淫乱だって言って、自分で自分を傷付けて。 でも伊織がそうするのは、寂しくて仕方なくて、それで心の隙間を埋めたいだけなんだろう?」 「……そうだよ。だから相手は誰でもいいと言ってる」 「じゃあ、今日からは、伊織の寂しさは俺が埋めてやる」  間髪入れずに返ってきた慎矢の言葉に、すぐには声が出なかった。 「……何、言ってるの……。昨日のことを後悔してるくせに」  やっと出せた声にも力はなくて、慎矢を否定する言葉にはならなかった。 「確かに後悔したよ。 伊織のことを他のやつらと同じように、ただ激情にまかせて抱いてしまったからな」  そこまで言って、慎矢は一旦言葉を区切る。  一瞬感じた重い沈黙を、温室の小さな窓から入ってくる風が外へ流してくれたような気がした後、慎矢が口を開いた。 「多分俺、伊織のことが好きだよ」

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