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―― 背徳(44)
一瞬、何を言われたのか理解できなくて、僕はただ呆然と慎矢の顔を見ていた。彼の一点の曇りもない澄んだ瞳が、僕を射抜くように見詰めている。
だけど……僕のことを好きだなんて、そんな戯言を信じれるほど僕は愚かじゃない。
「……あは……は、何言ってんの。しかも、多分ってなんなの」
可笑しくて笑い飛ばしてやりたいのに上手くできなくて、無理に笑った顔がひきつってしまう。
「……笑うなよ。俺だってこんな気持ち初めてで混乱してんだ。だけど、これでも真面目なんだぞ」
慎矢は顔を真っ赤にして短い髪をしきりに掻き上げながら、恥ずかしそうに目を逸らした。
そんな告白をされたのは初めてで、なんだか胸の奥がこそばゆい。
慎矢は真面目だから、そんな風に思ってくれたのかもしれないけれど。
きっと、慎矢は間違っている。自分の気持ちを勘違いしているだけなんだ。
初めてのキスやセックスをした相手を、好きだと思ってしまうことはよくあることだし……それに、
「僕のことを好きだなんて……そんなことを言って、結局はやりたいだけなんじゃないの?」
男子校に通ってて、他校の女子と知り合う機会も少なくて、初めての相手が偶々男だったけど、僕との関係を愛だと思えば後ろめたさも少しは消えて、手っ取り早く快楽を手に入れることができるから。
「馬鹿! 違うよ。そんなんじゃない」
「口では何とでも言える」
「俺を他の奴らと一緒にするなよ」
必死に訴える眼差しが、嘘ではないと伝えてくるけれど。僕はそれを素直に受け止めることは出来ないんだ。
「慎矢も、凌や他の人達と何も変わらないよ。そうやって愛だの恋だの綺麗事を並べていても、結局ただのゲームなんだよ」
昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴っても、慎矢は気に留める様子もなく僕に一歩近づいた。
「……ゲームって、どういう意味だよ?」
「言葉の通りだよ。愛してるとか好きとか簡単に言うけど、それはただセックスがしたいだけの切り札なんだ」
その言葉を使って束縛しようとする凌と同じだ。その切り札を使えば、とりあえず恋人という位置を確保できる。そしてその後は好きな時に遊べるんだ。
「攻略してしまえば、もうそれで終わってしまう、安っぽいゲームってこと。僕なんかすぐに飽きられて、忘れられてしまう存在なんだ」
そしてまた新しいゲームに夢中になるに決まってる。
そう、自分で分かってる……。父さんだって、ずっと一緒にいてくれないのはそういう事なんじゃないかなって。友達だって、仲が良いと思っていたのは僕だけだった。
なのに、慎矢は一歩、また一歩と僕に近付いてくる。 大切だと思っているものを、失うのはもう嫌なのに。
「……伊織」
目の前に立った慎矢の大きな手が、ふわりと僕の髪を撫でた。
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