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 ―― 背徳(45)

   どうせいつかは離れていってしまうのに。  大切だと思っているものを失うくらいなら、最初から手に入れない方がいいのに。 「俺は伊織のことを飽きたりしないよ」  まるで子供にするように、慎矢は少し屈んで僕に目線を合わせて頭を撫でてくれる。 「慎矢は初めて経験したことに一時的に熱くなって、それでそれを恋だと勘違いしてるだけなんだ」  暖かい手の温度で氷が溶けていくように、触れられたところから温かくなっていく気がしていた。 「俺は伊織のことを ちゃんと好きだよ」 「僕のこと、何も知らないくせに」 「知ってるよ。少なくとも昨日よりは知ってる。明日になったら、もっとお前のこと知ってる」 「僕は、慎矢の事なんか何とも思ってない」 「知ってる。伊織には、他に誰か好きなやつがいるってこと」  ――肌を合わせなければ、知らなかったかもしれないけど……と、慎矢は困ったように笑う。 「馬鹿じゃないの」  そう言って睨んでも、構わず慎矢は顔を近づけて優しい眼差しに至近距離で見つめられる。 「うん、俺もそう思う」  頬を包んだ暖かい手がすごく心地良くて。  ゆっくりと唇が重なった。触れただけの唇がすごく熱い。 「好きだよ、伊織」  鼻先が触れ合う位置で慎矢が囁く。 「……うるさい」  クスッと小さく漏れた笑いとともに、慎矢の息が唇にかかった。 「だからもう、誰でもいいなんて言うな」 「……そんなの、約束できない」  優しく包み込むように僕の身体を抱き締めて、慎矢は耳元で、「そっか」と言って笑う。 「カトリックでは罪なんじゃないの」 「俺、まだ洗礼受けてないし」 「ロザリオを持ち歩いているくせに」 「愛があるんだから、神様だって許してくれるよ」  もうとっくに午後の授業が始まってるというのに、慎矢は僕を腕の中に閉じ込めたまま離そうとしない。  僕も……この心地よい腕の中で、もう少しだけこうしていたい……なんて思ってしまってる。  でもこのままずっと甘えてしまったら、きっと慎矢を傷付けてしまうことも分かってる。  まだ慎矢は、僕のことを全部知らないから。  知ってしまったら……きっと今度こそ僕から離れるんでしょう?  近い未来を想像すると、不安で仕方ないのに。  その時を、少しでも先に伸ばしたいなんて思ってしまう。  自分の我儘で、余計に慎矢を傷付けてしまうかもしれないのに。

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