149 / 330
第五章:陽炎(1)
――『陽炎』
立ち昇る揺らめきは、つかの間の夢のように儚く消える――
**********
家の石垣の間に植えてあるツツジが満開になり、新緑とのコントラストが眩しい季節。
ゴールデンウイークの間は僕の家に泊まると言った慎矢は、連休後半の1日目からその通りに実行した。
あの駅前から続く長い階段を、痛めた足でどうやって上ってきたのか。
疲れた顔をして、リュックを背中に背負って、照れ臭そうに慎矢は玄関に立っていた。
「なあ、ゴールデンウイーク終わったら、あっという間に中間テストなんだぞ? 分かってる?」
慎矢が泊まりにきていても怪我をしているのだから、これと言って出掛ける予定も、やることもなく、のんびりした時間に起きてきた僕に、食卓の上に教科書や参考書を広げて勉強をしていたらしい慎矢が、呆れたような顔を向ける
「うるさいな。分かってるよ、それくらい」
「いいから早く、朝飯食えよ。食ったら勉強な」
慎矢が勉強道具を広げている向かいの席に、ラップをかけた朝食が置いてある。
連休後半は休みを取っているタキさんがすぐに食べられて日持ちのするものを、作り置きしてくれているけれど、慎矢は、わざわざそれにプラス毎日何かを作ってくれる。
「朝は、食べないと言ったのに」
「せっかくタキさんが作ってくれてるんだから、いいから、ちょっとでも食えよ。俺、味噌汁温めてきてやるな」
そう言ってキッチンに立つエプロンを着けている慎矢の後ろ姿は、まるで口煩いどこかのおばさんみたいだ。
「……おせっかい……」
「え? なんか言ったか?」
聞こえないように小さい声で呟いたのに、慎矢は耳聡く振り返った。 その姿がやっぱりなんだかお節介なおばさんみたいで、
「……別に」
「じゃあ、なんで笑ってんだよ。ほら、言えよ!」
可笑しいのを我慢しきれずに口元を緩ませていた僕に目ざとく気付いて、後ろから脇の辺りをふざけて擽ってくる。
「あはは、止めてよ! ほら、味噌汁噴いてんじゃないの?」
「あっ、やば……!」
慌てて火を止めに行く慎矢の姿に、また笑いがこみ上げてきてしまう。
そんな自分に気が付いて、ふと思う。
なんだか……こんなに笑えるのって、いつぶりだろう。
楽しいなんて感じるのも、いつぶりだろう。
相変わらず僕の中で慎矢の存在は、おせっかいで、鬱陶しいだけなんだけど。
それでも同じ屋根の下で何日も一緒に生活できるくらいには、僕達の距離は知らないうちに近くなっていた。
ともだちにシェアしよう!