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 ―― 陽炎(7)

「慎矢も、こんなになってるんだから、駄目じゃないでしょ」  それなのに、ベルトを外そうとする僕の手を、慎矢はやんわりと掴んで阻む。 「……駄目だよ、伊織」  さっきまで落ち着いた表情をしていたのに、もう声は震えている。  誰だって、ここをこんな風に触れられたら、そうなるのは当たり前だもの。 なのに、どうしてそれを拒むのか、僕には分からなかった。 「どうして?」  慎矢は、上気したように頬を赤くさせて、伏せた睫毛が震えている。  高ぶる気持ちを自ら落ち着かせるように、息を細く長く吐いて、漸く僕と目を合わせた。 「……伊織のことを好きだから出来ない」 「……は? 意味が分からないんだけど」  相手のことを好きなら好きなほど、触りたいし、全部を欲しくなるんじゃないの? 僕が父さんのことを、想うのと同じように。 「伊織は、俺のこと好きじゃないだろ? 好きでもない奴と、そんな事しちゃ駄目だ」 「もっと自分を大切にしろって?」 「そうだよ」 「慎矢は、なんでここに来たの? 僕のこと、もっと知りたいと言ったくせに」 「それは、そんな意味で言ったんじゃないよ」  慎矢の言いたいこと、本当は分かってるくせに、それなのに僕は心と裏腹なことを言ってしまいそうになる。 「じゃ、もういいよ」  そう言って立ち上がり、机の上に置いてあった携帯を手に取った。  慎矢と言い合って、喧嘩になるのも嫌だった。だから、部屋を出て行こうとした。 「待てよ、何処に行くつもりなんだ」  慎矢が慌てて立ち上がり、痛むだろう足を引きずって、部屋のドアノブに手を掛けた僕の腕を掴んで引き止める。 「……」  別に、どこに行こうと決めていた訳じゃない。  ただ、今はこのまま部屋に居るのが居た堪れないから。 それなのに、僕はまた、心にも無いことを言ってしまう。 「……凌のところだよ」 「なんで!」 「なんでって、そんなの決まってるじゃない」  凌とそんな事をするつもりも、凌に会いに行くつもりも無いくせに、つい口に出してしまうと、もう止まらなくなってしまう。 「慎矢が抱いてくれないからだよ。凌ならいつだって、電話一本で迎えにきてくれる」 「馬鹿! なんで分からないんだよ!」  怒りに満ちた表情で、慎矢は僕の手首をキツく掴んだ。 「……っ、痛いよ、離して」 「いいから、こっち来いよ」  慎矢は、掴んだ手を引いて、僕をベッドまで連れ戻して座らせる。 「そんなにしたいんなら、俺がやってやる」

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