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 ―― 陽炎(10)

 振り向いた僕に気が付いた慎矢は、満面の笑みで手を振って、手摺りに掴まりながら下りて来て、階段に座っている僕の横に、「よっ、」と言いながら腰を下ろした。 「……何しに来たの」 「何しにって、遅いから心配した。ここに居たのか」 「僕が……凌のところに行ったとでも思って?」  慎矢は、「まさか」と言って笑ってから、「ごめんな」と、謝る。 「何が?」 「やっぱ、俺、下手だったんじゃないかなって……」  それは、さっきの行為のことを言っているのだろう。 慎矢は顔を真っ赤にしながら言葉を続けた。 「それで伊織が、気分悪くしたんじゃないかって……」  そんなこと思ってもないのに。人って、変なこと気にするんだなって思うと、可笑しくなって、クスッと笑い声を漏らしてしまった。 「そんな事ないよ、気持ちよかった」 「本当に?」  慎矢は不安げにそう訊き返してきたけど、謝らなければいけないのは、慎矢じゃなくて僕の方なのに。 「僕の方こそ、ごめん」  僕がそう言うと、今度は慎矢が驚いたように目を丸くして、「伊織が謝った……」なんて言う。  そんなに僕が謝るのが、おかしいのかな。 「だって、慎矢は本当は、あんな事したくなかったんでしょう?」  僕が煽って、我が儘を言って、それで慎矢は仕方なくした事だった。悪いのはどう考えても僕だった。  だけど慎矢は何か言いかけて、唇が少し動いたけれど、言葉を発せずにそのまま俯いてしまう。 「……慎矢?」  どうしたのかと思って、俯いている顔を覗き込むと、「いや、そんな事ない」と小さな声が返ってきた。  慎矢は俯いたまま、しきりに頭を掻きながら、「正直言うとさ……」と言ってから、漸く顔を上げた。 「俺だってやりたくて、たまんないよ」  そう、慎矢は好きだから出来ないと言っていた。それが僕には理解できない。 「こないだ伊織と……その……そういう関係になってから、俺は何度も伊織を犯してるところを想像してしまう」 「……え?」 「二人きりで部屋にいても、何度も押し倒してしまいそうになる。もっと言うと、お前が中学の頃の話を訊いた時から……。伊織をその対象にしか見れなくなってしまっているんだ」  最低だと思うだろう? と、慎矢は困ったように眉を下げる。 「なんで? やりたかったら、やればいいのに。僕は別に……」  慎矢が、そうしたいなら、僕は構わない。 「だけどな、それじゃ駄目なんだよ」と言って、慎矢は僕に目を合わせた。

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