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 ―― 陽炎(11)

 澄んだ眼差しは美しく煌いていて、今告白したような邪心なんて、まるで感じられない。  その瞳で、まっすぐに見詰められると、自分の汚い心の中を覗き込まれている気がして、僕は思わず目を逸らしてしまう。 「伊織の好きな相手って、どんなヤツなのかなぁ」  大きく伸びをして空を仰ぎながら、慎矢はそう言った。  トクンと胸が震える。  言える訳がない、相手は僕の父親だなんて、慎矢には言えない…… 言いたくない。だけど、慎矢は僕に答えを求めたりはしなかった。 「伊織の気持ちが俺に向かってないのに、それを知らないふりして、ただ欲望を満たす為だけにこないだのように抱いたとしても、虚しさだけしか残らないよ」  自分に言い聞かせるように話す声が、少し寂しそうに思えた。  僕も…… 慎矢との行為は、胸が痛くて苦しかった。慎矢も、もしかしたら、それと似たような気持ちだったのかもしれない。 「俺はさ、伊織が心から笑ってる顔を見たいと言っただろう?」  そう続いた言葉に、隣に座っている慎矢へ視線を戻すと、今日の太陽のように眩しい笑顔で見つめ返される。 「さっき味噌汁を飲んだ時に、伊織が一瞬見せてくれた笑顔がすごく嬉しかった。 だから、お前がもっと幸せそうに笑うところを、俺は見てみたい」  そう言われて、さっき慎矢の作ってくれた味噌汁の味を思い出した。  久しぶりに、美味しいと感じることができて、凄く嬉しかった。 同時に父さんのことも、思い出してしまったのだけど……。  でも……、  とても…… とても、嬉しかったんだ。  ご飯が美味しくて、嬉しいなんて気持ち、ずっと忘れていた。 「俺、伊織のこと好きだけど、しょうがないから、お前が好きな相手とうまくいくことを応援してやるよ。 それでお前が本当に笑える日がくるんなら、いいや……」  そう言って、慎矢は少し考えるように頭を掻いて、 「そのうち伊織がそいつよりも、俺のことを好きになってくれるのも願ってるけどな」と、僕に笑顔を向ける。  ――ホント馬鹿じゃないの? 好きなのに我慢するなんて。……そう思うけど……。 「僕は慎矢のこと……好きだよ」 「友達としてだろ?」 「そう……なのかな」  友達なんて、上辺だけの薄っぺらい関係の事を言うんだと思っていたけど。 「そういうことに、しとけよ」 「でも僕は、また寂しさを埋めて欲しくなって、誰かにそれを求めるかもしれない」 「その時は、また俺が美味い飯を作ってやる」  そう言って、慎矢は軽く唇を重ねた。 「……ちょ、友達はキスなんてしないんじゃないの」 「いいんじゃないの? 今のは友達以上、恋人未満のキスってことで」  そう言って、慎矢は笑いながら立ち上がる。  ――ホント、わけ分かんない。 「そろそろ帰ろうぜ。 腹減ってきた」  くるりと向きを変えて、手摺に寄りかかりながら階段を上っていく慎矢の耳が真っ赤になっているのが見えた。 「さっき食べたばかりな気がするけど」  足を引き摺りながら、ふらふらといく上っていく後ろ姿が危なっかしくて、僕はさりげなく慎矢の腕を取り、自分の肩に掴まらせた。 「昼飯、食ったら勉強な」 「嫌だ」  どうでもいい事を笑いながら話して、階段を上っていく。  それだけの事が、なんだかとても楽しいと感じていた。

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