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 ―― 陽炎(12)

 *****  慎矢が煩く「勉強しろ」って言うから、渋々テスト勉強をしたおかげで、無事に中間考査も終わり、採点が終わった答案が少しずつ返ってきていた。  中学の頃から、あまり真面目に授業も出ていなかったから、成績は良いとは言えないし、テスト自体受けないことも多かった。  それでも、大抵の科目はなんとかなっていたんだけど、元々苦手な数学だけはそうはいかなかった。  慎矢は、「数学なら任せとけ」と言って、あれからも家に泊まりに来ては、そんな僕に根気強く教えてくれていた。 「な、あんだけ勉強したし、今回は大丈夫だろ?」  数学の授業で、順番に答案が返されている時に、隣の席から慎矢がコソコソと話しかけてくる。 「……さあ? そんなの分かんないよ」  問題が解けたとしても、単純な計算ミスや凡ミスはあるだろうし。  それでも……慎矢のおかげでいつもよりは、出来たんじゃないかなとは思う。  でもそんなの、慎矢のおかげで出来たよ、ありがとう。 なんて、なんだか照れくさくて言えないんだ。  それなのに慎矢は、さっきから僕よりも、答案が返ってくるのをソワソワしながら待っている。  あまり期待しないで欲しいんだけど。 「鈴宮伊織」  先生に名前を呼ばれて、教壇へ答案を受け取りに行く。  数学の佐々木先生は、29歳で独身。  端正な顔立ちに縁なしの眼鏡を掛けていて、見た目はクールな印象で、殆ど冗談なんて言わないタイプ。 いつも無表情で何を考えているのか分からない。  先生の前に立った僕を、眼鏡の奥の冷たい眼差しが見下ろした。 「鈴宮……今回は頑張ったな」  無表情で答案を差し出しながら、初めてその口から僕を誉める言葉を訊いた。 無言で答案を受け取る数秒の間に、眼鏡の奥の冷たい視線が突き刺さるのを感じる。  追試かどうかのラインは、40点。  ちらりと答案に視線を落とすと、62点と書いてあるのが見えた。  ホッと気持ちが緩んだ瞬間、佐々木先生は僕の頭をポンと軽く叩くと、少し腰をかがめ、僕の耳元にそっと顔を寄せた。 「……放課後、数学準備室に来なさい」  低い声で囁かれて、ぞくりと背中に冷たいものが走る。  テストが返されて教室全体がざわめいていて、先生が僕に耳打ちした事なんて、誰も気付いていなかった。

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