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 ―― 陽炎(13)

 授業以外で、先生達の居場所と言えば、職員室か準備室のどちらかだけど、実験を伴う授業の多い理科や、共有する資料の多い社会や、体育や芸術ならともかく、数学の準備室なんて必要ないんじゃないのかと思うのに、佐々木先生は、物置きにされていた一室を数学準備室として、自分の居心地のいいように作ってしまっていた。  顔は良いし、一見はクールでカッコいいから、男子校と言えども、佐々木先生は密かに生徒達に人気がある。  だけど、クールと言えば聞こえはいいけど、冷たい印象で誰とも打ち解けない面があるから、職員室でも浮いた存在なのだと思う。  だから他の準備室と違って、その部屋を使うのは、よっぽどの事がない限り佐々木先生だけ。  職員室と教科準備室は離れていて、それぞれの教科準備室も距離的には近くない。 その部屋に入ってしまうと、外の喧騒からも遠くなる。  ―― おあつらえ向きの場所。他の先生達からは、一線置かれていても、一部の生徒には人気があるから。  こんな所に準備室を作って、授業以外は籠っている先生の、恰好の餌食になる生徒は僕以外にもいるはず。  放課後の準備室の前で、ため息をひとつ、細く長く吐く。  今日から慎矢は、部活に復帰している。  もうすぐ総体がある時期で、怪我で出場は出来ないけれど、徐々にリハビリしながら慣らしていくんだそうだ。 『帰り、一緒に帰れたらいいのにな』  僕が、佐々木先生に呼ばれたことを話したら、慎矢はそう言ってくれたけど。 『先生の用事なんて、すぐに終わるよ』 ―― 慎矢の部活が終わる頃には、もう家に帰ってるよ。   ……大丈夫。  今回は、ちゃんと数学も追試を免れたんだし。もう、今の僕には、何も弱みは無いのだから。  きっと、他の用事で呼ばれたに違いない。過去に出しそびれたプリントだとか、きっとその類いの事だろう。  意を決して、準備室のドアを2回ノックすると、一拍置いて「……どうぞ」と、中から低い声が返ってきた。 「……失礼します」  ドアを開けると、窓際に置いたデスクの前に座っている先生が、椅子ごとくるりと此方を向いた。 窓から入る光で逆光になっていて、先生の表情は分からない。 「鍵を閉めて、こちらに来なさい」  低く部屋に響く声に、身体が戦慄く。 「……嫌です」  鍵なんて、掛けなければいけない理由なんてないんだから。 「どうした? 言うことが聞けないのかな」  ギシリと椅子の軋む音をさせて、先生はゆっくりと立ち上がる。 「……僕をここへ呼んだ用件は何? 何もないのなら……」 「用事がないのに、呼ぶ訳ないだろう?」  僕の言葉に先生の声が被さって、近付いてくる距離に、僕は一歩後退り、後ろ手にドアノブを探した。  直ぐに逃げられるように。

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