163 / 330
―― 陽炎(15)
先生が指差した引き出しの中にあるものは、僕が今までしてきたことの証。もしもそれを慎矢が見たら、今度こそ軽蔑されるかもしれない。
でもきっと、そうなっても仕方ないんだと思う。 自業自得だから。
だけど……先生に脅迫まがいの事を言われて、それで流されてしまいたくなんかない。
だって、それこそ慎矢を裏切ってしまう。もう、こんなことはしないと、約束したんだから。
「なんだい? その反抗的な目は」
「写真くらい、見せてもいいよ。そんな事くらいで、もうアンタの言い成りになんてならない」
快楽を手に入れたくて、先生の言い成りになったフリをしていただけなのだから。
今までは、心の隙間を埋めることができるのなら誰でも良かった。
「困った子だね……。そうだ、じゃあこうしよう……」
先生は、指で眼鏡を押し上げて、何かを思い付いたように口角を上げる。
「君が正直にならないのなら、今度、大谷を呼んで訊いてみようかな」
薬なら、他にも色々あるからね。 と、手に持った錠剤のシートをヒラヒラと見せ付ける。
「卑怯だ、慎矢は何も関係ない」
「へえ、そんなに彼のことが大事なんだ? なんだか君らしくないね」
今まで他人に深く関わらず、他人のことなんて気にも留めなかったのにねと、先生は距離をぐっと縮めて、興味深げに僕を見下ろした。
「大谷を堕とす手段なら、薬を使う以外にも色々あるんだよ」
耳元で低い声で囁かれて、さっと血の気が引くような感覚が全身を襲う。 この人なら……この冷酷な先生なら、どんな事でもやり兼ねないと思うから。
他人の痛みも苦しみも、何とも思っていないこの人なら。それが数学教師、佐々木一哉 の本当の顔だ。
「ほら、言うこと聞けるよね?」
そう言って、僕の手のひらの上に、シートから押し出した錠剤を2粒落とした。
「さあ、飲んで」
先生に詰め寄られ、後ろには鍵の掛かったドア。身動きも取れずに、ただ手のひらに置かれた錠剤を見つめている僕に、先生は追い討ちを掛けるように言葉を続けた。
「大谷が、どうなってもいいなら、飲まなくてもいいけど」
言葉に追い詰められて、焦りがじわじわと押し寄せてくる。 どうしようもなくて、手のひらを唇に押し当てて、僕はそれを口に入れた。
その瞬間先生の嘲笑う声が部屋に響く。
残酷な笑みを浮かべながら、先生はペットボトルを僕の目の前に差し出した。
「水、要らないのか?」
ほら、と目の前でペットボトルが揺らされて、チャプチャプと水の音が鳴る。 仕方なくそれを受け取り、飲み口に唇をつけ、口内へ水を流し込んだ。
少し大き目の錠剤は、一口では喉に引っかかる感じがして、もう一口水を流し込む。
「……っん」
2粒とも飲み込んだのを確認すると、先生は優しく僕の頭を撫でた。
「良い子だね」
これは罰なんだろうか? 今までしてきたことの、罪。
それとも……これは僕が望んでいた事?
「おいで、伊織」
僕は、自分から差し伸べられた先生の手を取ったんだ。
ともだちにシェアしよう!