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―― 陽炎(23)
家に入るとすぐに浴室に向かい、頭からシャワーを浴びる。
今日の記憶を全部洗い流せることができれば、明日、慎矢の顔をちゃんと見れるような気がして。
明日、昼休みに準備室に来るように言われたことも、忘れることができるような気がして。
「ふふ……、無かった事になんて出来るわけないのに……」
自分の考えてることが可笑しくて、自嘲する。僕は、後悔なんてしていない。だって、そうしたくて、あの部屋に行ったんだから。
最初から僕は穢れてるんだから、汚くて当たり前なのに。 今更、何を悩んでいるんだろう、僕は。
慎矢が明るい世界を見せてくれたから、ちょっとだけ、忘れたつもりになっていただけなんだ。
実際は、何も変わっちゃいない。
浴室から出て台所に行くと、食卓には、もうとっくに帰っただろうタキさんが、用意してくれた夕飯が並んでいた。
唐揚げをひとつ摘まんで口に入れてみたけれど……味を感じることができない。
―― 慎矢のおかげで、治ってきたと思ってたのにな。
馬鹿だな僕は。 少しでも慎矢と、本当の友達になれるかもしれないと思っていたなんて。
やっぱり僕は駄目なんだ。 もうずっと前から、穢れてる。 そんな風にしか生きていけないから。
僕は慎矢と肩を並べることなんて、できはしない。
**
久しぶりに父さんの寝室に向かう。
パジャマを脱いで、父さんのベッドに潜り込み、もうとっくに消えてしまった父さんの匂いを探しながら目を閉じて。
父さんの布団にくるまって、優しくて暖かい愛に包まれて眠る夢を見たい。
本当は、父さん以外の誰かに抱かれたくなんてないと思っているのに。
こんな僕を、父さんが愛してくれるわけない。 父さんが必要としているのは、僕じゃないって知ってる。
僕は汚れてるから。
僕は淫乱だから。
もう元には戻れないから。
でも、熱い肌が触れ合うあの瞬間だけは、何もかも忘れることができるから。
その時だけは、僕は息をして、確かに生きていると実感できるんだ。 その時だけは、こんな僕でも必要とされて求められていると思えるから。
誰にも必要とされないのなら…… 生きているのは辛いから。 目を閉じて眠りについて、そのまま消えてしまえればいいのに。
でもまた朝は、現実を連れてくる。
だからせめて、夢の中だけでも…… 父さんが僕のことを本当に愛してくれていたあの頃の……父さんと、母さんと、僕。
三人で幸せな親子だった頃に戻りたい。
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