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―― 陽炎(24)
*****
「どうした? なんか顔色悪いぞ、伊織」
「……別に……なんでもない」
昼休み、数学準備室から戻ってきた僕を見て、慎矢は心配そうに顔を覗き込んでくる。
「佐々木先生、何の用だったんだ? 昨日も放課後呼ばれたんだろ?」
「……うん、僕が週末課題を、ためていたから、それで……」
「あっ、だから俺が言っただろ? プリントやったかって。 結局やらないといけないんだから、ためないようにしなきゃ駄目じゃん」
「……そうだね」
「てか、早く弁当食べないと、もう時間ないぞ?」
もうすぐ五限目の授業が始まる。
「ん……あんまり食欲ないから、いいんだ」
自分の席に着いて、教科書を机の上に出した。
なるべく、普通に振る舞おうとしているのに、慎矢は僕の微妙な変化に気付いたように、また顔を覗き込む。
「……何?」
「何って、食欲ないなんて、どうしたんだ? 今日は朝から少し変だったし、熱でもあるんじゃないか?」
「――ッ……」
心配そうに僕の額に触れようとする慎矢の手を、咄嗟に払い退けてしまった。
「どうした?」
「……ごめん、なんでもないから。熱なんてないから」
「でも……」
「本当に……なんでもないから」
まだ何か言いかける慎矢の声を、遮るようにそう言ったところで、授業開始のチャイムが鳴った。
先生が教室に入ってきて、皆、席に戻っていく。 慎矢も不思議そうな顔で、僕を見ながら席に着いた。
慎矢の視線と、もう一人……教壇からは先生の、冷ややかな視線を感じる。
五限目は数学。
さっき慎矢に触れられそうになっただけで、身体の熱が一気に上がった。
放課後まで耐えられないかもしれない。
――――――
昼休み、僕は約束通り、数学準備室のドアをノックした。 一問も、解いていない週末課題のプリントを持って。
『プリント、ちゃんとやって来たか?』
ドアを開けて中に入るとすぐに、窓際のデスクの前に座っている先生にそう聞かれて、僕は、『いいえ』と応えた。
先生は、笑っていた。
『じゃあ、一緒に解いてみよう。ドアを閉めてこちらへ来なさい』
『……はい』
ドアを閉めれば、昼休みの喧騒も遠くなった。
教室からも、他の準備室からも遠い、隔離された四階の一室。
『何度言ってもやって来ないなんて、伊織は何を期待してるのかな』
『……何も』
『すぐにそうやって嘘をつく。今日はお仕置きをしないとね』
そう言って、いつもの無表情な瞳で見下ろされ、冷たい指が頬から首筋、胸を辿り、更に下へと下りていく。
細くて長い指が、ベルトを緩めズボンの前を寛がせていくのを、 僕は……身動きもせず、ただじっと見ているだけだった。
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