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―― 陽炎(28)
身長は僕よりも少し低い。 少し大きめな真新しい制服が、1年生だとすぐに分かる。
ふわふわと綿毛のように柔らかそうなくせ毛が、窓から射し込む光を透かしてきらきらしてる。
じっと視線を僕に合わせたまま外さない大きな瞳は、見た目の可愛さと違って、気の強そうな強い光を放っている。
――なんだ……佐々木先生の、もろ好みなんじゃない。
心の中でそう思った途端、つい口元が緩んでしまう。
お互い視線を逸らさないまま距離が近づくと、彼は凭れていた壁から背中を離した。
僕は、その彼の前を通り過ぎて、視線を前方に移した。
さっき、ドアの外に居たのは彼に間違いない。 僕への敵対心に満ち溢れた眼差しが、そうだと言ってる。 でも僕には関係の無い事。
「――あのっ! 待って下さい!」
(……めんどくさい)
仕方なく足を止めて、無言で彼へ視線を戻した。
だけど目が合うと、彼は途端に頬を赤らめて、言いにくそうに俯いてしまう。
「……何か用?」
だけど急かすように言ってやると、また勝ち気な目で見上げてきた。
「あの……佐々木先生と、その、付き合ってるんですか?」
( ――は?)
あまりにも唐突で不躾な質問に、不快感よりも可笑しくて笑ってしまいそう。
「……さあ?」
それだけ言って立ち去ろうとすると、彼は僕の前に回り込んで、縋るように僕の腕を両手で掴んだ。
「さあって、答えになってない。僕は先生の事本気です。あなたは先生の事、本当で好きなんですか?」
「なんで……見ず知らずの下級生に、そんなこと答えないといけないの」
僕の腕を掴むその手を振り解き、華奢な身体を押し退けて、構わずに足を踏み出した。
鬱陶しいな。 その真剣な眼差しも、自分の気持ちが伝わらないのを他人のせいにしようとする態度も。
「あなたは遊びで先生に抱かれてるんでしょう? 誰でもいいんなら他を探せばいいのに!」
背中に投げ付けられた言葉に振り向くと、数学準備室のドアが静かに開いて、先生が顔を出したのが見えた。
「僕が好きであの部屋に行ってるとでも? そんなに心配なら先生の首に鎖でも繋いでおけば?」
ドアの開く音に気付いて、準備室の方に気を取られている彼の背中に、わざと先生にも聞こえるようにそう言うと、大袈裟過ぎる程に華奢な肩が震えて、肩越しにこちらを振り向いた。
だけど僕は、彼の驚きの眼差しと、先生の冷ややかな視線も無視して、その場を後にする。
面倒なことはごめんだ。 そっちはそっちで勝手にやってほしい。
―― と、思いながら、足早に廊下の角を曲がったところで、座り込んでいる誰かの影に、危うくぶつかりそうになって足を止めた。
「あぶなっ……ッ……え? ……慎矢?」
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