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 ―― 陽炎(29)

「……へへ……やっぱり佐々木先生んとこに居たんだ」 「……うん」  座り込んだまま、慎矢はどこか無理矢理な笑顔を作って、僕を見上げた。  部活の途中だったのか、上下陸上部のジャージを着て、膝には僕の鞄を抱え込んでいる。 「お前、教室出て行ったきり帰って来ないからさ、心配して保健室とかも探したんだぞ」  ゆっくりと立ち上がり、俯き加減に話す声音が少し怒ってる。 「ごめん……」  さっきの彼との会話を聞いていたのか……それとも……。 「何してたんだ? 佐々木先生と……」 「……何って……さっきの問題を教えてもらいに……」 「SHRもサボって?」 「……たいした事じゃないでしょ?」 「担任も心配してたから、保健室に行ってるって言っておいたよ」  荷物持って行ってやってくれって言われたからさ……と続けながら、持っていた鞄を僕の胸の辺りに押し付けてくる。 「ありがとう」 「……本当の事は……やっぱり言ってくれないんだな」  そう言うと、慎矢は僕に背を向けて歩き出した。  ―― 本当のこと? 「……慎矢」  引き止めたいわけでもなくて、言い訳したいわけでもないのに、僕は慎矢を呼び止める。  ――怒ってるの?  そんな事、訊けない。  でも、他にうまい言葉が見つからず、そのまま口を噤んでしまう。 「――あ、そうだ」  だけど、そう言いながら、ゆっくりとこちらを振り向いた慎矢は、もういつもと同じ表情に戻っていた。 「今日のSHRで、体育祭の騎馬戦のグループ分けしたぞ」 「……え?」 「伊織は、俺と同じグループな。 あと二人は、多田と脇坂」  そう言えば、体育祭なんてもうずっと出た事ない。毎年、何かと理由を付けて休んでいた。 練習だって、いつもサボっていたし。 「体育祭なんて出ないよ」 「何言ってんの? 体育祭に見学とかないだろ? 他の種目は出なくても、騎馬戦は全員参加だし」  見学とかじゃなくて、学校に来るつもりないんだけど。 「なんだ? 心配なのか? 大丈夫だよ、今年は俺がいるから。ちゃんとお前のこと、しっかり担いでやるからさ」 「僕が上に乗るってのも、決まってるんだ」 「そ。体格的には、それしかないだろ?」  それはそうだけど……でも……、体力的なこともだけど、他にも心配なことはある。  慎矢は、誰とでも親しくなれるから、そんなことにはきっと気付かないだろうけど……。  それでも、慎矢の様子が、いつもと同じに戻ったことに僕は安堵して、そんな小さな心配や、さっき引っかかった慎矢の言葉も、いつの間にか頭の隅に追いやってしまっていた。

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