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―― 陽炎(31)
「おーい! 慎矢! 顧問が呼んでる!」
同じ陸上部員が遠くから呼ぶ声に、慎矢の考えたフォーメーションの動きを確認していた騎馬全体の動きが止まった。
「え? なんだよ。練習中なのに」
不服そうな声が下から聞こえてきて、それがまるで母親にご飯だから帰って来なさいと言われた子供みたいで、笑いそうになった。
「行ってこいよ。フォーメーションの確認くらいなら、お前いなくてもできるから」
後ろの騎馬役の多田に言われて、慎矢は渋々納得したように「ああ」と応えた。
ゆっくりと騎馬を崩して僕を振り返り「ごめんな」と、慎矢は申し訳なさそうな顔をする。
「いいから、早く行っておいでよ」
僕がそう言うと、安心したようにあの太陽のような笑みを見せた。
「悪い、終わったら、誰かこれ体育倉庫に片付けておいてくれる?」と、ライン引きを指差した慎矢に、「ああ、俺が片付けておく」と応えたのは、多田だった。
「じゃ、みんな悪いけど、先に行くな」
クラスの皆にも一言謝ってから、慎矢は校舎の方へ走って行く。
段々小さくなる背中を見送りながら、少しだけ心細く感じてしまう。
僕がここにこうして、クラスの皆と一緒に居れるのは、慎矢がいるから出来ることで、僕一人だったら、きっと練習になんて参加することは出来ないだろうから。 ―― それは僕が出たくないと言う理由だけではなくて……。
「なあ、慎矢も行っちまったし、もういいんじゃね? 終わっても」
誰かがそう言うと、「そうだな。 もういいじゃん」と、他の誰かからも声があがる。 それがクラス全体に伝染していく。
集団って、そんなものだ。
僕も、この場違いな空間に、あまり長く居るのは嬉しくないから、この状況に少しホッとしていた。
皆が校舎の方へ、ゆっくりと戻って行くのに少し遅れて歩き始めると、「おい鈴宮、待てよ」と、後ろから多田に呼び止められる。
「これ、体育倉庫に片付けておけって、慎矢が言ってただろ?」
これ……と、多田が指差しているのは、さっきのライン引き。
「そうだよ。同じグループなんだから、お前も一緒にくるよな」
と、多田の隣に立っている脇坂が、そのライン引きを僕に差し出してきた。
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