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 ―― 陽炎(32)

「……うん」  僕が、差し出されたライン引きを受け取ると、二人は満足気に顔を見合わせて笑った。  そうして、「行くぞ」と言って歩き始めた二人の後を、僕は黙って従いて行く。  前を歩く二人は、時々小声で何か話していたかと思うと、大きな笑い声を上げながらふざけ合ったりしていて……。それを見ながら僕は、小さく溜息を吐いた。  確かどちらかが、慎矢と同じ中学出身だったと思う。  騎馬戦の練習の集合時間に、慎矢が僕を引っ張ってきたのを見た時の二人の表情が頭を過ぎった。――きっと面白くないのだろう。  それに……ライン引きは一台しか無いのに、同じグループだからという理由で、わざわざ嫌いな僕も一緒にと言った意味は……。  そこまで考えて、またか……と思ってしまう。  *  グラウンドの隅にある体育倉庫のドアを多田が開いて、僕に先に入るように視線で促した。  中は、コンクリートの壁の上部に、小さな窓があるだけの狭い空間。 沢山の体育道具が所狭しと置いてあって、独特の匂いが漂ってる。 「一番奥に、ライン引きを纏めて置いてある所があるだろ?」  僕が中に一歩入ると、ドアの外から多田が、そう声を掛けてきた。  丸めたネットがコンクリートの床に無雑作に置かれているのを跨ぎ、バスケの移動式ゴールの隙間をライン引きを持ち上げながら奥へと進むと、漸く隅っこに、多田が言った通り纏めて置かれている場所を見つけた。  その場所に、ゴトンと音をさせてライン引きを置いた瞬間、後ろで重いドアを閉める音が聞こえてきた。  壁の上部の、小さな灯り取り用の窓から入る僅かな光だけで、室内が暗くてよく見えなくて……。  ドアの方を振り向いても、二人の姿はすぐには確認できない。 「……」  だけど、ガシャンと何かにぶつかりながら、音がこちらへ近付いてくる。 窓から入る薄い灯りで、人影が動いているのが分かる。  ――どうやら閉じ込められた訳ではないみたい。  湿度が高いこの時期に、ドアが閉ざされたこの空間は、蒸し暑くてかなり不快だ。 「なんだよ、全然焦ったりしないぜ、こいつ」 「ちょっとくらい騒いでくれないと、つまんないな」  徐々に目が慣れてきて、漸くこちらに近づいて来る二人の姿が見えてきた。

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