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―― 陽炎(36)
目の前の光景をただ呆然と見ていた僕と、慎矢の視線が重なる。
驚きと戸惑いの色を浮かべる瞳に、僕は漸く我に返って、慌てて落ちている体操服を掻き集め、胸に抱きしめて俯いた。
それくらいじゃ、露わになった肌を、この汚れた身体を、隠しきれるわけもなくて…… 顔を上げる事が出来ない。
(――見られてしまった……)
全身に散らばった、先生の痕跡を。
僕の醜い、欲の痕を。
慎矢には…… 慎矢だけには、見られたくなかった。
彼の視線が全身に注がれているのを感じて居た堪れなくて、逃げ出したいのに動くことすら出来ない。
俯いた視界の先の、床に映った影がゆっくりと近付いてきて、慎矢が僕の前で屈み込む。 顔を見られたくなくて、僕は座ったまま抱えた膝に、抱き締めている服ごと顔を埋めた。
「大丈夫か?」
ふわりと頭に慎矢の大きくて暖かい手が置かれて、優しい声が落とされる。
こんな状況で、なんで、そんなに優しくするんだ。 僕はもうとっくに、慎矢との約束を破っているのに。
「そのキスマーク、お前もヤッたんだろう? 同じだろ? 俺逹が共有したって……」
多田の言葉に、慎矢はスクっと立ち上がり、苛立ちを隠せない様子で僕から離れていく。
「お前なっ!」
怒りの声と同時に、慎矢が多田の胸ぐらを掴む。 脇坂が二人の間に割って入って止めようとしたけど、慎矢の怒りは抑えられなかった。
所狭しと置かれている体育用具に、あちこちぶつかりながら、取っ組み合いが始まってしまい、最後には、適当に積み上げられた跳び箱が三人を巻き込みながら崩れて、ガタガタと大きな音と共に埃が舞い上がった。
「言っとくけど、誘ったのは鈴宮だからな」
一番最初に立ち上がった多田が吐き捨てるように言って、口端に付いている血を手の甲で拭う。
「――伊織はそんなことしない」
「俺が嘘吐いてるって言うのか? ずっと、小学校の時から友達だった俺と、こいつと、どっちを信じるんだよ」
そう言い放ち、多田が僕に向けて指をさす。 その瞬間、今までの騒ぎが嘘のように、場がしんと静まり返った。
慎矢は……すぐに答えなかった。
「……そんなこと……」
漸く聞こえてきた言葉は、多田への答えにもなってなくて、 慎矢は、それ以上何も言わなかった。
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