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―― 陽炎(38)
結局……信じられる言葉が真実で、信じられない言葉が嘘なんだ。
それで良いんだ。 僕はそういう風に生きてきたから、今更信じてもらえなくても仕方ない。だから、僕なんかと関わるのは、もう辞めた方がいい。
「……どうして……」
辛そうな顔で、悲痛な声が慎矢の唇から小さく零れ落ちる。
――もう、そんな顔をしなくていいよ。
「どうして? そんなの決まってるじゃないか。慎矢じゃ僕を満足させることが出来ないからだよ」
――僕のことで、悩んだり哀しんだり怒ったりするのも、もうすぐ終わるから。
「なんで、そんな風にしか思えないんだよ! 俺はっ」
怒りと哀しみで声を震わせながら慎矢が言いかけた言葉を遮り、僕は容赦なく追い討ちをかける。
「やるの? やらないの? どっち」
慎矢の首に腕を回して引き寄せて、涙で濡れた頬を舌で拭って、唇を塞いだ。
「――っ」
すぐに咥内へ侵入して、奥へと逃げる慎矢の舌を絡め取る。
慎矢の後頭部を、逃げないように手で押さえれば、もっとキスは深くなった。
マットから頭を浮かせて、下から慎矢の咥内を余すとこなく攻めていく。
「……ん、ッ……」
呑み込みきれない唾液が零れ、お互いの顎を濡らす頃には、慎矢の強張った身体の力も弛んで、その手が僕の背中に回る。
僕は、僅かに唇を離して上目遣いに慎矢と目を合わせた。お互いの吐息が顔にかかって熱い。
――でもこれで終わりだ。
「……やっぱり、慎矢も僕と、やりたかっただけなんだね」
そう囁くと、僕の背中を抱きしめようとしていた手が、ピタリと止まった。
熱に浮かされかけていた表情が、現実に引き戻されて変わっていく。
慎矢は、跳ねるような勢いでマットに付いた手を突っ張り、お互いの間に距離が生まれた。
「……どうしたの? やらないの? 続き」
「伊織っ!」
「あーぁ、めんどくさい。やらないなら退いてくれる? 重いんだよ」
身体が痛いし……と言葉を続けると、慎矢はたじろぐように上体を少し起こす。その隙に、僕は慎矢の身体を押し退けて立ち上がった。
「早く教室に行った方が良いんじゃない?もうすぐ本鈴だよ」
「……伊織、俺は……」
「ふふ…… あはは! 可笑しい。そんな真剣な顔しないでよ。多田逹のことも、佐々木先生のことも、こうやって僕が誘ったんだよ」
慎矢の眉がピクリと動く。
――あともう少し。
「みんな単純だから、誘惑するのなんて簡単だよね」
――このまま僕のことを嫌いになればいい。
「ふざけんなよっ!」
怒気を帯びた声と共に、慎矢は片手で僕の胸ぐらを掴んで、もう片方の手を振り上げる。
――それで良いんだよ、慎矢。
殴られることを予想して、僕は硬く目を閉じた。
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