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 ―― 陽炎(42)

 リュックの中は、たぶん着替えが数枚入ってるだけだと思うけど。  ――どうしよう。  慎矢、取りに来るかな……なんて考えてしまってる事に気付いて苦笑した。  来るわけない。  きっともう、僕の顔なんて見たくないに決まってる。 でも、慎矢の家に宅急便で送るにも、住所を知らない。  結局、処分する気にもなれなくて、慎矢の荷物は、そのまま僕の部屋の隅にずっと置いてある。  今までなら、そこに置いてあることも忘れていたのに。 学校に行かなくなって、1日の大半を部屋で過ごすことになったから、気にせずにいようと思っていても、自然に視界の片隅に見えてしまう。  そして、その度に、なんだか胸の奥がツクンと痛む。  なら、見えない所に片付けてしまえばいいのに、そうしなかったのは……たぶん、いつもそこにある物が失くなってしまうという事が……怖かったから。  * 「ねえ、父さんに連絡してくれたの?」  毎朝起きたら、まずタキさんにそう訊きにいく。 「ちゃんとしましたよ。出版社の方に、連絡してくださいって伝えました」 「まだ、父さんからは連絡ないの?」  そう訊ねると、決まってタキさんは困った表情をして、首を横に振る。それはきっと嘘なのに。タキさんは、絶対に父さんと直接話をしているはずなのに。  でも僕は、そのことでタキさんを責める気にはなれずにいた。  できるなら、波風を立てたくない。ずっと小さい時から、家族と同じように、この家に居たタキさんに、本当の事を訊くのも怖かった。   僕に隠しているという事は、僕が知らない方が良いという事で、知ってしまえば、何かが崩れてしまいそうな気がするから。  気が付けば、体育祭の日も過ぎてカレンダーは七月に入ってる。  そろそろ期末テストが始まる時期だけど、いつなのかは知らない。 学校に行かない僕には、もう関係ない。  担任の藤野先生からは、毎日のように電話が掛かってくる。 もういい加減、僕のことなんて放っておけばいいのに。 何か問題を起こしたわけでもないし、ただ学校を辞めると言ってるだけなんだから。  保護者と話をしたいと言う先生に、もうすぐ父が帰ってくると思うので、帰ってきたら連絡する。とだけは伝えておいた。 また家にまで来られたら、鬱陶しいから。  あとは……凌から何度かメールがくるくらいで、もう、クラスのみんなも僕のことなんて、とっくに忘れていると思っていた。

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