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―― 陽炎(47)
僕が好きなあの階段までは、十メートルくらい。
普通に歩けば、まだ下りていない。まだ、階段までのゆるやかな坂道を、慎矢は歩いているはずだと思った。
窓を開け放つと、熱い太陽の陽射しが僕の視界の邪魔をする。 目を細め、窓から身を乗り出して庭の木々の向こうの道へ、慎矢の姿を探した。
だけど、何処にも見えなくて……それでも僕は、十メートル先の階段を見ようと、出来る限り上体を伸ばす。
位置的には、見えるはずもないのに。
ただアスファルトの道に、ゆらゆらと陽炎が立ち昇っているのが見えるだけ。
後悔してるわけじゃない。これで良いんだと、思ってるのに……。
――慎矢の走り高跳びの練習を見るのが好きだった。
スタート位置に立った時の真剣な眼差しも。
深呼吸しながら、リズムをとるようにその場で足踏みをして、緊張の高まるあの一瞬も。
何度も確認していた通りに、確実にその一点に踏み込んで、彼の身体は高く空へ浮き、しなやかに躍動する身体をひねりながら伸び上がり、高いバーへ飛び込んでいく。
綺麗な形に反らせた背中が、バーの上を超えて……一番高い位置に彼の身体が浮いているその瞬間が、まるでスローモーションのように見えた。
空の青に溶け込んでいく彼の姿を眺めるのが好きだった。
もう、そんな光景を見ることも赦されない。
僕は憧れていたんだ。
慎矢と一緒なら、僕にも手が届くような気がしていた。キラキラと眩しい場所に。
普通に笑い合って、普通に食事をして、普通に楽しいと感じる世界に。
欲を満たすだけの関係じゃなくて、本当の……『友達』
それは、僕が一番信じることができない関係。そんなもの、必要ないと思っていたのに。
――知らず知らずに憧れて、求めていた。
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