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―― 陽炎(48)
「――そんなに身を乗り出したら危ないじゃないか」
不意に背後から父さんの手に肩を掴まれて、耳元に低い声が落とされた。
「そんなに彼のことを、愛しているのか」
「……慎矢は、そんなんじゃ……」
愛しているわけじゃない。
「おいで、伊織」
熱い息が頬を掠め、父さんは包むように僕の身体を抱き寄せて、静かに窓を閉めた。
唇を何度も啄ばまれ、鋭い漆黒の瞳に見つめられる。
「随分と、学校生活を楽しんでいたようだね」
……え?
「なのに、辞めたいなんて急に言い出したのは、彼のせいなのか」
父さんは、僕のシャツのボタンをゆっくりと外しながら、確かめるように露わになった肌に視線を落とす。
「……ちがう……ん……ッ」
首筋を強く噛まれて、言葉は最後まで紡げない。
「違わないだろう? 嘘をつくなんていけない子だ」
「――ッ」
素肌を滑り下りた指に胸の尖りを強く摘まれて、息を呑む。
「遊びなら、いくらしても構わないが、私以外に本気になるなんて赦せないね」
「ッ、違……ッ!」
僕の身体を壁に押さえ付けながらズボンの前を寛がせて、挿し入れられた父さんの手に半身を強く握られる。
「学校は、辞めなさい」
「?!」
学校を辞めなさいなんて、父さんがそんなことを言うなんて予想していなかった。 絶対に叱られると思っていたのに……。
「……んんぅ……っ」
性急に前を扱きながら、もう片方の手が後ろへ回り、濡らしてもいない後孔に、いきなり指を挿し込まれて息が詰まる。
「私以外の誰かに、心奪われるくらいなら、学校など行かなくてもいい」
「――ちが……っ」
違う……僕が愛しているのは父さんだけ!
そう言いたいのに唇をキスで塞がれて、最後まで言葉を紡ぐことを遮られてしまう。
ずっとずっと逢いたくて、気が狂いそうだったのに。でも、ほんの短い間でも、慎矢はそのことを忘れさせてくれたんだ。身体を繋げたわけでなく。
そのことが、余計に父さんの気持ちを逆なでしたのか……。
父さんが駄目だと言うのなら、僕はもう誰にも心を許したりしない。
友達なんて、要らない。父さんが居てくれるなら、それで全てが満たされるから。
――友達……それは僕にとって、甘美な憧れだったのかもしれない。
でもそんな夢を見るのは束の間のこと。
儚く消える、陽炎のように……。
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