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―― 希望(3)
「沙織も、いつも他のことを考えていた」
(――母さんが?)
「愛されたくて、叶わぬ恋に悶え苦しんで、乾いた心を潤してやるたびに、その美しさは増していった」
昔、同じ事を、どこかで聞いたような気がする。だけど、どういう意味なのかは分からなくて、僕はただ父さんを見つめる。
長めの前髪の間から僕を見下ろす瞳が、切なく濡れているように見えた。
「伊織、お前も……もっと渇いて、足りないものを探せば良い。だけどその心を潤せるのは、私だけのはずだ」
そう僕はいつも、ただ父さんに愛されたいと、そればかり思っている。
「なのにどうして、私以外の誰かのことばかり考える」
――違う……、他の誰かのことなんて……慎矢のことは、愛だとかそういうものじゃない。もっと違う想いは残っている気はするけれど。
「沙織もそうだったように、お前も私から離れていくのか」
どうしてそんな事を言うんだろう。母さんは交通事故で死んだんだ。父さんから離れたくて離れたんじゃないのに。……きっと父さんの心は、母さんを見送ったあの日に、あの場所から離れることができないでいるのかもしれない。
「僕は、違うよ。父さんから離れたりなんてしない」
――ずっと母さんの代わりでいいから、だから僕から離れないでいて。
僕の頭に触れている父さんの手に力が籠り、ゆっくりと引き寄せられる。僕は、目の前の父さんの猛りに吸い寄せられるように唇を寄せた。
久しぶりの父さんの匂い。
両手で支えたそれに舌を伸ばして根元から舐めあげて、唇を開き先端から呑み込んでいくと、父さんの味が咥内に広がった。
父さんが、そんな不安な気持ちを抱えていたなんて知らなかった。僕は母さんの代わりでしかないけれど、それでも、父さんを悲しませたりなんてしない。
舌を絡めながら、僕は夢中で頭を動かした。もう他のことなんて考えない。僕には父さんしかいないのだから。
咥内で父さんのが、また大きく膨らんで、静かな部屋に僕の立てる水音が響いていた。
「伊織、もういい、離しなさい」
不意に僕の髪に挿し入れていた指に、やんわりと後ろへ引かれた。咥内から出ていく唾液で濡れそぼった逞しい父さんのものと、唇を銀糸が繋いでいた。
咥内に放って欲しかったのにと、見上げる僕の身体を抱き上げて、父さんは耳元で囁く。
「慎矢くんに、どこで抱かれたんだ?」
その声は静かだけれど、強い怒りが込められていて、僕は父さんに目を合わせることが出来ずに、視線を後ろにあるベッドに流してしまった。
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