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 ―― 希望(6)

「あれ……? 君は……伊織くん?」  すぐ傍まで階段を上がってきたその人に、突然声を掛けられて見上げれば、目の前に立っているのは、やっぱり知らない人で。  でも……ずっと昔に会ったことがあるような、そんな気もした。 (誰……?)  思い出せそうで、思い出せない。  得体の知れない不安が押し寄せてきて、思わず立ち上がり、後退るように階段を一段上った。 「ああ、やっぱり伊織くんだね。前に会った時よりも背が伸びて少し大人っぽくなったかな」  その人は、困惑している僕に構わずまた一歩近付いてくる。 (――あの時? あの時っていつ……?) 「こんな所で会えるなんて嬉しいよ。前に会った時も、ちょうど今頃の……そうだ、夏休みに入る前日だ。確か君は中学一年だったね」 (――中学一年の……) 「……あ……」  あの夏祭りの日……学校から帰ってきたら家にいた人。  思えば、あの悪夢のような日の始まりだった。 「貴方なんか、知らない」 「あっ、待って!」  後ろ向きのまま、もう一段階段を上って踵を返そうとした僕の腕を、その人は慌てて掴んだ。 「え? 憶えてない? ……僕は君の……」 「――うるさいっ! 聞きたくない!」  僕は両手で耳を塞いだ。あの言葉だけは、もう二度と聞きたくない。 「お願いだ伊織……、逃げないでくれ。別に連れて帰ろうなんて思ってないから」  穏やかで優しい声でその人はそう言って、掴んでいた僕の腕をゆっくりと離した。 「あれからずっと、君に会いたかった」  愛おしむような眼差しで僕を見つめてくる。 ――やめてほしい。それは、まるで父親が我が子に向ける眼差しだ。  僕は、耳を塞いでいた手を降ろして、その人に視線を合わせて、先手を打つ。もう二度と、父親だなんて言わせない為に。 「……僕は、貴方のことなんて認めない。この先ずっと、一生認めない」 「うん、分かってるよ」  なのにその人は、優しく微笑みながら階段へ腰を降ろした。 「ここから見える景色、綺麗だね」  遠くへ視線を巡らせてから、また僕を見上げると、座りなさいと促すように、自分の隣に一人分の空間を開けた。  それでも僕が座ることを躊躇していると、「ちょっとだけ、おじさんの話に付き合ってくれないか?」と、苦笑いを浮かべる。  困ったように眉を下げる情けない表情が、少しだけ可哀想な気がして、仕方なく、そう……、仕方なく、僕はその人の隣に腰を降ろした。

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