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―― 希望(7)
「元気にしていた?」
あの愛おしむような視線が注がれているのを感じて、僕は返事もせずに、目が合わないように前方に広がる景色を眺めていた。それでも、その人は優しいトーンの声で、話しかけてくる。
「背は伸びたけど、少し……痩せたみたいだね」
「…………」
「今日は、学校は休みなのかな」
「…………」
ずっと無視を続けていると、クスッと小さく笑う声が聴こえてきた。
「ま、いっか。学校に行ってると思っていたから、この偶然は僕にとってはラッキーだったしね」
「……じゃあ、何しに来たんですか」
相変わらず目を合わせないように、視線は前方に向けたままそう応えると、
「そろそろ君に会わせてもらえないかなって、鈴宮さんにお願いをしにきたんだ」
と、僕が喋ったのがそんなに嬉しかったのか、その人の弾んだ声が返ってきた。
「僕は、貴方のところへは行かないよ」
「うん……分かってるよ。ただね、会いたかっただけなんだ」
そう言いながら、その人が僕の方へ身体が向くように座り直したのが、遠くを眺める視界の隅に見えた。
「でも、今はまだ会わないでくれと言われていたから、あれから何度か鈴宮さんには会いに来たけど、いつもは君のいない時間を選んでお邪魔していたんだよ」
「……え? 何度か父に会いにきたんですか?」
僕は思わずそう言って、隣のその人を見上げた。
父という言葉に引っかかったのか、彼は「うん……」と頷きながら苦笑している。
「今日も、そろそろ会わせてほしいと、ダメ元で来てみたんだ」
苦笑しながらも、優しい色の瞳を僕に向けてくる。
「そうしたら、こうして偶然ここで会えた」
本当に嬉しそうに話す、その人の顔を見ながら、僕の脳裏には別の疑問が浮かんでいた。
――僕が学校に行ってる間に、何度か来たと、この人は言ったけど、父さんが家に居る時は、僕は殆ど学校には行っていない筈だった。
偶々学校に行っていたとしても……そんな日は、数えるくらいしか無かったと思うんだけど。
いや、そんな筈はない……と、自分に言い聞かせて、疑問は心の隅に追いやろうとしたけれど、嫌な予感はなかなか拭いきれない。
「こうして会えただけで、こんなに嬉しいなんてね」
得体の知れない不安が胸に過る中、彼が言った言葉に反発の気持ちが湧きあがってくる。
「僕が生まれたことも知らなかったのに、どうしてそんなに嬉しいんですか」
別れた女が、 実は自分の子供を生んでいたと後から知って、本当に嬉しいなんて思えるんだろうか。
僕にはまったく理解できなかった。
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