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 ―― 希望(11)

 父さんは、振り返らずに広い歩幅でどんどん先に歩いていく。  僕は、ただ父さんに置いて行かれないように、必死に小走りで従いて行くだけだった。  家に着くまでずっと無言で此方を見ようともしてくれない事に、心の奥底からじわじわと湧き上がるような不安が段々大きくなっていった。  さっきあの人と話していた時に小さく生まれた疑問までもが、不安と一緒に溢れ出してしまいそうになる。  それは訊いてはいけない事のような気がして、僕は吐き出しそうな言葉を何度も喉奥へ呑み込んだ。  ガラリと引き戸を開けて、父さんが先に玄関に入っていく。後から入った僕は、なるべく音が立たないように戸を閉めて、上り框を上がっていく広い背中を目で追った。 「……伊織」  僕に背を向けたままの父さんに、低い声で呼ばれて心臓がドキンと跳ねる。 「はい」  応えた僕の声は、父さんには届かなかったんじゃないかと不安になるくらい小さかった。 「自分の部屋に行ってなさい」  それは従いてくるなという意味で、僕はこのまま本当に父さんに見捨てられるんじゃないかと、激しい焦燥感に襲われる。 「――父さん、僕、訊きたいことがあるんだ」  焦りから、言ってはいけない事かもしれないと頭では分かっていたのに、つい、話を切り出してしまっていた。  ゆっくりと父さんが、僕を振り返る。  その瞳には、まだ怒りが滲んでいて、話があるならさっさと言えと、急かされているような気がして。 「母さんは……どこで事故に遭ったの? 交通事故って、どんな……」  それはあまりに直接的な質問だったかもしれない。もっと他に良い訊き方があったのかもしれない。でもその時の僕には、他の言葉を見つける余裕もなくなっていた。 「……どうして今更そんな話をする……。あの男に何か吹き込まれたのか」  返ってきた低い声と、鋭い眼差しに見据えられて足が竦んだ。  ――しまった……。  考え無しに口から出してしまった言葉をこれ程後悔したことは無い。それくらい父さんの表情は、今までになく僕を萎縮させるものだった。 「……あっ旦那様、お帰りなさいませ……。伊織坊ちゃんもご一緒で良かった……お姿が見えないから心配していたんですよ?」  その時、割って入ってきたタキさんの声に、緊迫した空気が一瞬にして緩んだ……気がした。  だけど父さんは、タキさんをチラリと一瞥しただけで視線を戻し、僕の手首を痛いくらいに掴んだ。 「話があるなら、お前の部屋で訊く」  そう言って、掴んだ僕の手首を引っ張り、父さんは二階に上っていく。 「――旦那様? あの……」 「伊織と話をする間、お前は絶対に2階には上がってくるな」  呼び止めたタキさんも、父さんの態度に怯んだのか、それ以上は何も言わずに階下から心配そうな面持ちで見上げていた。

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