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―― 希望(12)
父さんは僕の部屋に入ると直ぐに、強い陽射しが入り込む窓を閉めカーテンを引いた。射し込んでいた光は遮られ、重苦しくて蒸し暑い空気が部屋の中に澱む。
閉ざしたカーテンの端を両手で掴んだまま、なかなか此方を向かない背中を僕はただ縋るように見つめて、父さんの言葉を待つことしか出来ずにいた。
「何故、外に出た?」
父さんはそう言って、ゆっくりと振り返る。
蒸し暑い部屋の温度と静かに言葉を紡ぐ低い声に、シャツの下でジワジワと汗が滲み始めた。
その瞳を見ることができなくて、俯いてしまった僕へ、父さんはゆっくりと歩み寄る。
一歩足が床を踏むたびに、微かにギシっと重い音が鳴る。
俯いた視線の先に父さんの足元が見えた次の瞬間、顎を掬い上げるように捕らえられ、鋭い眼差しが僕の視線を絡め取る。
「伊織……、もう外には出ないと言ったのは、お前だろう?」
少しの反応も見逃さない瞳に、嘘を吐いているわけでもないのに、全身が勝手に戦慄する。
「……ごめんなさい」
外には行かないと約束したのに、守らなかった僕がいけないんだ。父さんがこんなに怒っているのは、きっとそれが原因だと思った。
「伊織……、私は何故だと訊いている」
クイッと、捕まえられた顎を更に引き上げられて、至近距離に父さんの瞳に見据えられた。
外に出たのは、あまりにも天気が良くて、空の青さに誘われて……それと、
「……そろそろ父さんが帰ってくる時間だと思って……、あそこで待っていたんだ」
それは嘘ではなくて本当のことだけど、きっとそれくらいの理由で、約束を守らなかった事がいけないんだと思った。
「本当にそれだけか?」
僕は目を伏せて小さく頷いてみせる。
それ以外の理由なんて、何も無かった。
「最初から、あの男と会う約束をしていたんじゃないのか?」
――そんな!
あの人の事なんて忘れていたのに。あの人の名前も憶えてないのに。連絡先なんて……。
前に会ったあの時……名刺を貰った記憶はあるけれど、でも、それだけだ。もうとっくに何処かに失くしてしまってる。
否定する為の言葉は次々と浮かんでくるのに、いつも父さんの前では全部を上手く喋れない。
その瞳で見据えられると、僕は何もできない子供のように、ただ「違う」とだけしか言えなかった。
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